北海道キャンプ旅行記【道北編】2日目(小樽~稚内)

キャンプリポート

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 2020年8月11日(火)

2日目は、新日本海フェリーで小樽に到着後、稚内に向けて360kmを走破します。
北海道は、道央から北は旭川あたりまでしか高速道路がありませんから、ほぼ一般道を走ることになります。もっとも、北海道の高速道路は片道1車線の70キロ制限ですから、70~80キロで流れている一般道の方がむしろ早いです(苦笑)。

小樽には、予定通り4:30に到着。




私は、4時前から起きて準備していたので、直ぐに車に乗って下船。


徒歩で下船した家族を乗せて、一路北に走り出します。
ルートは、ひたすら日本海沿いを進む国道を選択。


暫く走って、千本ナラに寄りました。


樹齢(推定)800年以上、「新日本名木100選」にも選ばれている大きなナラの木です。日本海から吹き付ける風の影響で、多数に分かれた枝が無数に伸びている様から、千本ナラの名前が付いたとか。


幹に巻かれた注連縄には、願い事が書かれたしゃもじがいっぱい差されています。ご飯を「すくう」しゃもじに、「災いから救う」をかけているそうです。
ちなみに、GoogleMapでは、市道「毘砂別送毛線(びしゃべつおくりげせん)」を南から北に走っていることになっていますが、実際には国道231号を北上し、毘砂別から市道に入って南下するルートを通っています。石狩方面から千本ナラに向かった場合、市道が狭いため、特に私のCX-8ではかなり走り難いためです。北から入っても、千本ナラへは10分程度ですので、大型の自動車で行く場合はおすすめです。


さて、国道に戻って、北上していくと、留萌で8時をまわりました。千本ナラを見た以外ではずーっと寝ていた娘も、「おなか空いた」と起きだしたので、「道の駅るもい」で朝ご飯。といっても時間的に道の駅の売店が開いていなかったため、近くのコンビニでパンを買って食べました。


その後、国道を走ると、「鰊番屋」が見えてきました。当初予定はしていませんでしたが、少し寄り道。鰊番屋(にしんばんや)とは、鰊漁のために幕末から明治・大正にかけて作られた建物です。


鰊は、回遊魚で大きな群れを形成します。そのため、鰊の群れに当たれば、膨大な量の鰊を水揚げすることができ、大きな儲けとなります。当時は、魚群探知機などありませんから、鰊の群れがやってくるのをひたすら待つことになりますので、船大工も含めて大勢の人数が寝泊まりできる大きな番屋が、北海道の日本海側に多く作られました。

今でこそ、「身欠きにしん」などで食べるだけの鰊ですが、江戸時代から明治・大正の頃は、ニシン油と干鰯(ほしか)の原料として重宝されました。当時、ニシン油は行燈の油として、干鰯は肥料として全国で使用されていたため、鰊漁は当時の人々にとって、短期間で大きな儲けとなる漁でした。
水揚げされた鰊は、直ぐに窯で茹でられ、それを木材を井桁に組んだ「角胴」に入れて、圧搾して油を搾り取ります。

左が鰊を茹でた釜、右が角胴

その搾りを、天日干しにしたのが干鰯で、元々は「いわし」を原料としていたことから干鰯と呼ばれており、上方落語の「牛の丸薬(がんじ)」にも出てきます。


鰊番屋からの眺め。かつての漁師たちも、ここから海を眺めていたのだろう。

窓の周囲は一段高くなっている。番屋の中央は大広間になっている。

太い梁で組み上げられた天井。

当時使用されていた、ランタン。

留萌にある鰊番屋「旧花田屋番屋」は、明治38年頃の建築で、国の重要文化財に指定されており、当時は200人以上が寝泊まりしていたそうです。館内には、寝床が置いてあり、窓から浜を覗けば、鰊の群れを今かゝと待ちわびていた漁師たちを偲ぶことができます。


尚、旧花田屋番屋に併設されている道の駅では、お土産なども販売しており、私は立派なにしんの甘露煮をゲット。身が大振りで、にしんそばにはもってこいの逸品です。



さて、留萌から稚内は、まだ約180kmありますので、早々に出発。
小樽から稚内までの海沿いルートは、オロロンラインとも呼ばれており、多くの絶景スポットがあります。


その中でも、特に注目していたのが、サロベツ湿原周辺の道路。北海道特有の真直ぐな道路で、その脇には、風力発電の巨大な風車が並んでいます。


高さ100mの支柱に、直径50mの風車が回っており、その数なんと28基!
生憎、天気は雨交じりの曇天で、風車が霞んでいました。でも、これはこれで幻想的な風景で、楽しめました。


次に寄り道したのが、サロベツ湿原センター。


皆さん、これ何だと思います?




実は、これ、泥炭を採収する「浚渫船」です。


こちらは、浚渫した泥炭の「水洗分離機」。

泥炭は、枯れた植物が堆積してできた泥状の物で、乾燥させると燃えることからそう言われるようになりました。泥炭は、ピートとも言われ、スコッチ製造時の麦芽発芽を止める燻煙に使われており、ウィスキー好きには良く知られています。
サロベツ湿原では、1970年から泥炭を採掘しており、2002年に中止になるまで、およそ150ヘクタールを浚渫したそうです。

あまり時間が無かった(というかお腹が減った)ため、「泥炭産業館」には寄りませんでしたが、浚渫船を堪能(?)できた私は大いに満足しました。

さて、サロベツ湿原センターで12時を回っていたので、お昼ご飯がてら、豊富温泉のふれあいセンターへ。北海道出身の友人からも、道北に行くならこの温泉に行ってみてと勧められていたので、興味深々。


お昼は、ふれあいセンターの食堂で、私は豚丼、娘は好物のカツカレー、嫁はエゾシカカレーをチョイス。



嫁曰く、普通のカレーでエゾシカの味は分からなかったそう。まあ、シカ肉は元々くせが無くて淡泊な肉なので、カレーにするとシカとは分からないでしょう(笑)。
豚丼は、可もなく不可もなくといったところ。まあ、立ち寄り温泉の食堂ですから、贅沢は言えません。

さて、肝心の温泉ですが、これがまた、知る人ぞ知る秘湯といった趣。いや、施設は普通なのですが、泉質が独特なのです。
色は、茶褐色で、湯舟の底が全く見えないほどの濁りよう。そして、なによりも、油臭い匂いが漂っており、湯面にも油が浮いています。友人からは、とにかく凄いよと言われて、何の予備知識もなく入った私は、面食らってしまいました。湯舟に浸かっていると、お尻がぬるっとしてきて、触ってみると油分が付いています。これが、ほんとの油(ゆ)の花!?

豊富温泉は、石油の試掘を行ったところ、大正15年に地下約960mの地点より高圧の天然ガスと共に43℃のお湯が噴出したことから開湯した温泉です。
泉質は、含よう素-ナトリウム-塩化物温泉(弱アルカリ性高張性温泉)と、含よう素-ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩冷鉱泉(弱アルカリ性高張性冷鉱泉)の2種類があり、井戸からは石油や天然ガスとともに湧出してくるため僅かに油分を含んでいるとのこと。
この特殊な泉質は、乾癬などのお肌のトラブルに効くとのことで、湯治でも有名。

因みに、ふれあいセンターでは、湯治向けの38~39度のぬるめの湯と、源泉温度ままの高温の湯の2種類があります。熱めの湯が好みの私は、高温の方を選びましたが、本当に熱かったです。熱い湯が苦手な、娘と嫁は、早々に出てきたようで、これなら湯治向けの湯舟に入れば良かったと言っていました。

さて、腹も満たされた私たちが次に向かったのが、最北端の秘境無人駅「抜海駅(ばっかいえき)」です。


小さな木造の駅舎は、まさに秘境無人駅といった佇まい。


時刻表を見てみると、1日僅かに3本。



この時は、土砂降りの雨だったので、ゆっくり写真撮影することができませんでしたが、雰囲気は楽しめました。


娘も、鉄チャンの友達に自慢できると、したり顔(笑)。


さて、ここからは、厳しい天候が続きます。それもそのはず、台風くずれの熱帯性低気圧が稚内に近づいてきていたからです。

とにかく、稚内に来たのだからと、野寒布岬(のしゃっぷみさき)へ行ったのですが、雨が強風にのって叩きつけてくるような天候だったので、一時避難を兼ねてノシャップ寒流水族館へ。


この水族館は、ゴマフアザラシやフンボルトペンギンの他、クリオネも展示されていました。

この水族館には、稚内市青少年科学館が併設されており、砕氷船の模型なども展示されています。
その中でも、「南極越冬隊資料展示コーナー」は、ある意味圧巻で、昭和基地の居住棟や雪上車など、いずれも実物が展示されています。面白南極料理人(西村淳 著)の読者の私にとっては、観測隊の人々の息遣いが聞こえるようで興味深かったですし、ペンギン大好きな娘も「南極探検隊に入る!」と、南極の厳しさも知らず息巻いていました(苦笑)。


さて、水族館と科学館で時間つぶしをしている間に、天候がマシになったので、野寒布岬のイルカの前で記念撮影。



フェリーで渡る予定の利尻島・礼文島は全く見えませんでした。


明日の天候を気にしつつ、体が冷えたので、最北の温泉「稚内温泉 童夢」へ。


館内は大変広く、お風呂も露天から打たせ湯、ジャグジーなどバラエティに富んでいます。泉質は、ナトリウム-強塩化物・炭酸水素塩温泉(アルカリ性高張性低温泉)で、若干、緑褐色の濁りがあります。

サウナで火照った体を冷まそうと、露天風呂で涼んでいたら、エゾシカの群れが道路を横切るのを目撃。奈良の鹿を見飽きた私でも、大きな体のエゾシカは、目を見張るものがあります。

それにしても、流石は日本最北端の稚内。露天で涼んでいると、すぐに寒くなってくるほど気温が低かったです。

さて、「稚内温泉 童夢」は、入浴記念として、入湯証明書を発行しているのですが、今回は新型コロナの影響で発行を中止していました。
こんなところまで影響するとは、コロナめ(-_-#)


体も温まったところで、初日の宿泊場所であるサフィールホテル稚内へ。
サフィールホテル稚内の前身は、旧全日空ホテルで、バブル期に建てられたこともあり、かなり質の高い設備のホテルです。今では、ビジネスホテルに位置付けされていますが、部屋も豪華で、ベットの質も高く、ゆっくり寝ることができました。


最初は、キャンプ泊を検討していたのですが、翌日の利尻島へのフェリーを考慮してホテル泊としました。利尻島へは、朝・昼・夕方の3便があるのですが、利尻島での時間を有効活用したかったため、朝便を選択。朝便は、出航時間が6:45で、車を乗せる場合は1時間前にフェリーターミナルに到着しておく必要があったため、キャンプ泊を断念したのです。

さて、この日の最後のアクティビティである晩御飯ですが、ここでちょっとした事件が。晩御飯は、友人から勧められていた、居酒屋「竹ちゃん」と最初から決めていたのですが、なんと、浸水の影響で臨時休業!!
私たちが、北海道に来る1週間ほど前に、台風が道北に上陸していたのですが、その時に稚内市内も浸水などが発生しており、竹ちゃんもその被害を受けたようです。

幸い、もう一軒教えてもらっていた、「なら寿司」へ行くと、こちらは開いていました。
ただ、同じように晩御飯難民になったであろう旅行客が複数来ており、お店は大忙し。
私たちは、帆立しんじょう、お造りの盛り合わせ、稚内郷土生寿司などを頂きました。
帆立しんじょうは、蒸したウニが上に乗っており、とても美味。
お寿司の中で、黒い軍艦巻きがひときわ目を引きますが、タラバガニの内子とのこと。イカスミと思い込んでいた私は、もう少しで恥をかくところでした(苦笑)。





もう少し、追加で食べたいところでしたが、娘は「お腹いっぱい、早く(ホテルの)部屋でゆっくりしたい」と言うので、後ろ髪をひかれる思いで店を後にしました。


つづく


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沼にハマると抜け出せなくなる性格の40代おっさん。関西出身で現在は東京都在住。嫁と娘の3人家族で年間30泊ほどキャンプに行って飲んだくれている。

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