今年も、富士山山開きの季節がやってきました。
山梨県側は7月1日に、静岡県側は7月10日に山開きとなり、多くの登山客が訪れていることが報道されています。それらの報道で、軽装で登ろうとする外国人などがやり玉に上がっていますが、問題はそんなところにあるのではなく、国立公園としてのサスティナブルな維持管理ができていないという構造上の欠陥にこそ諸悪の根源があります。
山梨県側の入山規制に見る課題点
山梨側は、今年から本格的な入山規制を行うようになり、1日の入山者数を4000人に制限し、入山料として2000円を徴収することになりました。一方、静岡県側は、今の所規制はありません。入山料に関しては、山梨・静岡両方とも富士山保全協力金として任意に1000円を徴収していますが、強制力はありません。山梨側の入山料としては、2000円徴収していますから、任意の協力金と合わせると3000円の支払いが必要となります。
さて、山梨側と静岡側で異なる徴収となってしまったため、不公平感があるとともに、静岡側のルートに登山客が集中することが懸念されています。
なぜ、こんなことになっているのでしょうか。
原因は、自治体、国、地権者の3者の思惑と利権が絡んでいるからです。
そもそも、入山規制の必要性が議論され始めたのは、弾丸登山とそれが原因で死傷者が毎年で続けていることにあります。
日の出の景色を見ることを目的に、夜通し歩き通して山頂を目指す弾丸登山が後を絶たず、外国人にもそれがSNSで浸透してしまい、それに伴うトラブルが拡大の一途を辿っています。
弾丸登山は、富士山5合目付近を起点とし、頂上まで一気に登ってしまう登山方法ですが、高山病や体力的な負担から怪我のリスクが高く、自己責任とは言え、まともな登り方ではありません。
富士登山ルートについて
富士山登頂のルートは、山梨側の吉田ルートと、静岡側の須走ルート、御殿場ルート、富士宮ルートの計4つがあり、登山距離が短い吉田ルートと富士宮ルートが特に弾丸登山に人気があります。
各ルートの登山口の標高と頂上までの距離は以下の通りです。
吉田ルート:標高約2,305m、6.8km
富士宮ルート:標高約2,380m、4.3km
須走ルート:標高約1,970m、7km
御殿場ルート:標高約1,440m、10.5km
アクセスのしやすさや山頂までの距離から、吉田ルートが1番人気で、次に富士宮ルートが人気です。しかし、登り始めの標高が高く、距離が短い両ルートは、弾丸登山に向いているということもあり、そういった無茶な登山客が後を絶たないのも事実です。
この状況を改善するために、山梨県は、入山者制限と入山料の徴収を今年から開始したのです。
一方、静岡県は、登山ルートが3か所に分かれている事、各登山口が国立公園内にあること、管理にも費用がかかる事などを理由に、今の所は入山者制限に消極的です。私に言わせれば、やりたくない事に対して、できない理由を挙げてやらないという、いかにも役人的対応であり、問題を問題として捉えたがらない静岡県側の体質が透けて見えます。
実は、富士山の入山者制限が必要なのは、弾丸登山だけが原因ではありません。登山者が捨てたゴミ問題が慢性化しており、更には近年のオーバーツーリズムと相まって、更に深刻化しているのです。
富士山が世界自然遺産に認められなかった理由
富士山が世界遺産として登録されていることは多くの方がご存じでしょうが、富士山は自然遺産ではなく文化遺産として登録されています。何故なのでしょうか?
実は、富士山は元々、世界自然遺産として登録を目指していたのですが、自然遺産として相応しくない状態だったため、断念したという経緯があります。ここでは、先ず世界遺産について紹介し、富士山が自然遺産では無く文化遺産になった理由について考えてみましょう。
世界遺産(World Heritage Site)は、1972年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に端を発します。1960年代、エジプトでは、ナイル川にアスワンハイダムを建造する計画が進んでいました。しかし、この計画には大きな問題がありました。アスワンハイダムによって多くの流域が水没することになりますが、その中にヌビア遺跡がありました。ヌビア遺跡は、アブシンベル神殿などに代表される古代エジプト文明の遺跡群であり、世界史の観点からも重要な遺跡群でした。この水没の危機に対し、ユネスコを中心に遺跡群を移築して保存する救済キャンペーンが世界中に広がり、アブシンベル神殿などが移築されることになりました。この時、「人類共通の遺産」という考え方が広がり、世界遺産条約の採択へとつながっていきました。
日本が世界遺産条約を批准したのは1992年で、先進国では最後にあたる125番目の締約国となりました。日本の批准が遅れた理由は色々ありますが、一番は官庁の縦割りと、政治家がメリットを感じていなかったことが挙げられます。世界遺産は、言わば名誉のような意味合いが強いため、環境省にとって世界遺産条約を批准するメリットが少なく、大蔵省(現、財務省)にとっては批准国の分担金という財務負担を負いたくないという空気が占めていました。また、批准に当たっては外務省、運用に当たっては環境省(林野庁)と文科省(文化庁)など各省庁の連携が必要と、縦割りの省庁にとっては積極的に動く理由が見つからないものでした。更には、文化財は文化財保護法などを所管する文化庁の専権事項ということもあり、世界遺産条約を締結することをデメリットとして捉えていた節もあります。
このようなネガティブな国内情勢下、1992年に地球サミットが国連によって開催されたことが契機となり、世界遺産条約の批准へと繋がっていきました。相変わらず外圧に弱い日本です(苦笑)。
さて、批准すると、今度は手のひらを返したように世界遺産への登録を行うことを目指すことになります。世界遺産に登録されることで、世界に対する認知向上が図れ、観光客を呼び込むことができることに気づいたのです。最初に気づいたのは、地元の営利団体と自治体であり、環境省や文科省に陳情することになります。更には、地元出身の国会議員に陳情することになり、国会でも議論されるようになりました。
そんな背景で、富士山が世界自然遺産に登録することが検討されました。世界遺産条約批准と同時に、「富士山を世界遺産とする連絡協議会」が山梨県と静岡県の間で発足、富士山の世界遺産登録を目指すことになりました。ところが、国内での自然遺産選定に関する会議で、富士山は自然遺産として落選することになります。いくつかの理由がありましたが、最大の理由は、富士山の開発が進んでいたことと、ゴミや屎尿(しにょう)などを原因とする環境悪化でした。開発が進んでいるという点では、登山道や山小屋が整備され、誰もが登れる状態であったことが問題視されました。他国の自然遺産は、米国のイエローストーンに代表されるように、入園者数を厳しく制限し、入れる場所も自然保護の観点から限られています。それに比べると、富士山は自由度が高すぎたのです。
もう一つのゴミや屎尿問題は、更に深刻です。ヒマラヤを富士山のようにするなと言われるほど、富士山の環境は劣悪で、世界的にも批判の対象になるほどです。
結局、山梨県と静岡県の両県は、「自然遺産」への登録をあきらめ、「文化遺産」の登録に舵を切ったのです。幸い、富士山は信仰の対象としての長い歴史があり、文化財としての側面もあったことから、2013年に文化遺産として登録されることになりました。私に言わせれば、自然遺産として認めてもらう努力を怠り、文化遺産で誤魔化しただけであり、情けない話だと思います。
国立公園に見られる課題
さて、文化遺産でお茶を濁してしまった富士山は、入山制限と自然環境保全という課題にフタをしてしまい、現在に至っています。今回の、吉田ルートの入山制限は、これらの課題に一定の答えを出したと評価したいところですが、静岡県との折衝がすすめられた形跡が無く、抜本的解決には程遠いと言わざるを得ません。自然環境保全には、強い規制が必要不可欠で、米国はイエローストーンを1872年に世界で最初の国立公園に制定して以来、様々な規制を行っています。中でも特徴的なのは、レンジャー(パークレンジャー)の存在でしょうか。
米国の国立公園は、レンジャーによって維持・管理されています。入場制限を行うと共に、現地ガイドや各種取り締まりを行います。米国の場合は、狩猟が盛んなこともあり、公園内での不法なハンティング行為が行われることもあり、それらを取り締まるため、レンジャーには逮捕権があり、銃も所持しています。
日本でも、これにならったレンジャー制度(自然保護管)がありますが、米国のそれに比べると、規模も権力も著しく異なるため、たとえ富士山にレンジャーを導入しても何の解決にもならないでしょう。
日本で、唯一「自然遺産」として成功しているのが、知床です。知床は、一体が国立公園に指定されており、公益財団法人知床財団が管理・運営を行い、木道などの観光施設の維持を北海道が行っています。
日本で自然遺産に登録されているのは、「知床」、「白神山地」、「屋久島」、「小笠原諸島」、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」の五か所ですが、このうち成功していると言えるのは知床のみで、他は大なり小なり課題を抱えています。
では、なぜ知床は成功しているのでしょうか。
実は、地元の利権者・自治体・国のが三位一体になれたからです。富士山を例に出すまでも無く、地元に利権を持つ人が多い事は揉め事に繋がります。一方で、こういった問題には自治体は及び腰になったり、地元利権者の代表たる地方議員による横やりなどで調整に時間がかかるのが常です。更に、国、この場合は国立公園を所管する環境省にとっては、地方の揉め事に巻き込まれるような面倒な案件には関わりたくないので、積極的に動くことはありません。
しかし、知床の場合は、地元の利権者にとっては、元々ヒグマが生息していて使いづらい土地柄ということで、ヒグマも含めた管理を行政がしてくれるなら渡りに船という事情がありました。一方、北海道と斜里町にとっては、知床を自然遺産にすることで観光客を呼び込めるというメリットがあります。そして、国としては、自然公園法に基づく維持管理を自治体が主体になって進めてくれるのであれば自分たちの手間が省け、自然遺産に登録されれば一定の成果として認められるという思惑があったのです。その結果、地元が受け皿となるべく公益財団法人「知床財団」を設立し、環境省から認定を受けて、知床への入園規制・事前講習・ガイドなどを行っています。
こうして、地元の利権者の合意、自治体の積極的な協力、環境省の法的体制支援の3つがかみ合い、自然保護が言葉だけでなく、実質的な効力を発揮・維持しているのです。
富士山が世界的水準の国立公園になるためには
話を富士山に戻しましょう。富士山を、世界的な水準の国立公園にするためには、全面的な入山制限と、取り締まりが必須です。日本人にとっては、山を自由に登ることができるのがあたりまえに思うかもしれませんが、世界的に見れば、有名な山は入山が厳しく制限されているのが普通です。そうすることで、自然環境の維持とサスティナブルな観光を実現しているのです。
富士山も、1日の入山者数を大幅に制限し、維持・管理に必要となる費用の負担金として入山料を強制的に徴収することが必要でしょう。勿論、無断で入山したことがバレたら高額の罰則金を支払わせることも、抑止の面から重要で、そのためにも逮捕権を持ったレンジャーの育成と導入が必要となります。
また、弾丸登山防止の観点からも、入山に当たっては、山小屋の事前予約を義務付けるなど、様々な規制を掛けることも重要になります。
米国の国立公園の多くは、レンジャー同伴でないと入園できないようになっていますが、富士山ではそこまでは出来ないまでも、登山道を外れるような行為は逮捕するなど、一定の強制力を働かせるべきです。そうすることで、ゴミ問題などもある程度解決できるはずです。
ところが、これに待ったをかけているのが、様々な地元利権者です。富士山の利権は複雑で、その争いは江戸時代にまで遡るほどです。詳しくはwikiなどを読んでい頂ければと思いますが、江戸時代ごろから登山者が増え、それに対して山役銭といわれる入山料の徴収や、山小屋などが整理され、利権が膨らんでいきました。そうなると、麓の村々や、山頂の浅間大社などの間で利権争いが絶えず、幕府のやっかいになることもありました。いつの時代も、金に汚いのが人間の性です(苦笑)。
そんなこともあり、地元利権の合意形成は、相当困難な状況ですが、これに拍車をかけるのが、富士山が山梨県と静岡県の2つの自治体にまたがっていることです。冗談半分で富士山はどっちの県のものだと言われたりしますが、互いの利権者代表たる自治体ですから互いにけん制こそすれ、協力には程遠いのが実情です。
ましてや、環境省がそんな火中の栗を拾うはずも無く、今後の情勢を静観しつつ、課題を検討していくという事なかれ主義を貫くことになります。
そう考えると、知床のキーポイントはヒグマが課題になっていたことにありますから、富士山周辺にツキノワグマが跋扈すれば、関係各所も協力するかもしれません・・・。
結局は、山の神だのみということです(苦笑)
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