スノーピークの148万円のテントが失敗と言えるこれだけの理由

2023年11月20日

コラム

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先日、スノーピークがとある商品を発表しました。


リゲルpro.ストーブプラス


価格は、148万円。


有名キャンプ情報サイトも書かないので、あえて書きますが、私は、明らかに会社として失敗の一手と言わざるを得ないと思っています。


近年、アパレルや空間デザインなど、多事業化戦略を進めてきていたスノーピークですが、前社長の問題が発覚後、会長の山井太が社長に復帰し、キャンプ事業という本業に立ち戻ると発表されていました。

一見、その流れから考えれば、今回の発表はその流れを象徴する製品と思われるかもしれませんが、断じて全くそんなことはありません


このニュースを見て思い出されるのが、SONYQUALIA(クオリア)です。2003年当時、トリニトロンディスプレイというアナログ技術が足枷となって、デジタルテレビ市場で出遅れたSONYが、起死回生を狙って打ち出したブランドが、クオリアでした。ラインアップは、アナログ放送やDVDなどのSD映像をHDにコンバートするだけの機材QUALIA 001を始めに、当時民生用としては初だけどメンテナンス性に疑問のあるキセノンランプを採用したフルHD液晶プロジェクタQUALIA 004などを矢継ぎ早に発売。特にQUALIA 004は、設営も専門のコンシェルジュが行うなど、話題となっていましたが、一台250万円と普通の人が買う値段では無いこともあり、一部のマニアの間で話題になった以外では全く売れませんでした。

結局、クオリアシリーズは僅か3年で販売が中止となり、当時クオリアを推進していた出井伸之は社長の座を追われることとなりました。


では、何故、クオリアは失敗したのでしょうか。


答えは、明らかです。

ユーザーが望む商品では無かったからです。


ここで、少し商品についてのマーケティング理論についてご紹介しましょう。

近年の有力なマーケティング理論に、イノベーター理論(1962年:エベレット・M・ロジャース(Everett M. Rogers))というものがあります。

イノベーター理論では、市場の反応を5つに分類し、イノベーターからアーリーアダプターに対して、新しいサービスや商品を販売することで、その後の市場を席捲していくというのが主軸となっています。

クオリアを展開したSONYも、当時は先進的なSONYらしい製品を展開することで、イノベーターからアーリーアダプターを獲得し、SONYブランドの復権を狙っていました。


ところが、クオリアの一連の商品は、一部のマニアに受け入れられたものの、サービス面での不具合などもあり、十分な顧客満足度を得ることが出来ず、寧ろSONYのブランドを毀損することになってしまいました。

では、何故そのようなことになってしまったのでしょうか。

その理由は2つあります。イノベーター理論の、イノベーターとテッキーの存在を勘違いしてしまったことと、SONYというブランドに対する過信です。


イノベーターとは、これまでにないサービスや商品に対し、一早く着目し、それを取り入れる層です。革新的な商品は、イノベーターに注目されることで耳目が集まり、そのような商品を望んでいた潜在顧客であるアーリーアダプターが購入することで、その後の売り上げ拡大へと繋がっていきます。

一方で、イノベーターは、単なる新しいもの好きであり、その製品の良さを納得して買っているとは必ずしも言えないという一面があります。この単なる新しいもの好きのことを、テッキーと言います。代表的なのが、ヒカキンです。最新のM〇Cに数百万もつぎ込んで、Youtubeにアップしていたりするのは、将にテッキーです。

SONYのクオリアについては、一部に最先端の機能がつぎ込まれていたのは事実ですが、市場価格からすると明らかに高額で、スペック的にも決して費用対効果があるとは言えない物でした。それに、各商品についても、既存の延長線にある物で、ウォークマンのような革新的な商品ではありませんでした。

結果としてクオリアは、一部のテッキーには受け入れられたものの、アーリーアダプター層までは広がることは無く、事業として失敗したのです。昔から、オーディオ・ヴィジュアル系のこの分野は、金に糸目をつけない一部のマニアが存在しますので、そういった人々がクオリアを歓迎したことは事実ですが、イノベーターとテッキーは紙一重ですから、マーケティング的にそういった層を観誤った典型と言えるでしょう。


もう一つが、SONYブランドへの過信です。

80年代に「It’s a SONY」というキャッチコピーで世界中を席捲したSONYですが、バブル以降の特に1990年代後半の事業の落ち込みは深刻な物でした。ちょっと乱暴な言い方にはなりますが、そこで、起死回生を狙って、ブランドの新たな価値を見せようとしたのがクオリアです。

世界的にも、SONYと言えば、テレビやビデオカメラなどのブランドとして知らない人はいないメーカーですから、そのSONYのハイブランド商品であれば、注目されると思ったのでしょう。しかし、確かに注目はされましたが、既に述べた通り、殆ど売れませんでした。 なぜなら、SONYはコンシューマー向けブランドだったからです。

そもそも、SONYの商品は、競合他社の多い家電製品を主戦場としていた訳で、所謂工業製品の製造販売会社です。ですから、消費者がSONYに求めるのは、家電製品の中で、品質と価格が一定のレベルでバランスしていることであり、高品質とは言え突出して高価な商品ではありませんでした。

例えて言うならば、消費者がSONYに求めていたのは、高品質で納得できる価格帯のトヨタ車であり、フェラーリやランボルギーニでは無かったのです。


さて、延々と、SONYのクオリアの話をしてしまいましたが、ここで件のスノーピークに話を戻しましょう。

既に、ここまで読んでいただければ、私が何を言いたいかはお分かりかと存じますが、今回の148万円のテントは、明らかに価格が商品に見合っていない製品です。

詳細が発表されていないので何とも言えませんが、例え、テントを国内の裁縫メーカーが全て手縫いで作っていたとしても、薪ストーブがキャンプ向けとして斬新な構造であったとしても、テント一張りに148万円というのは常識の範囲を超えます。


もっとストレートに言えば、

リゲル.proには、148万円の価値があるのか?

ということです。


ここで言う価値には、単なるスペックだけでなく、これまでの商品には無かった新たな提案という意味が含まれます。その代表が、iPhoneです。

iPhoneは、携帯電話としては大型で高精細なディスプレイを搭載し、タッチパネルを採用することで、コンピュータ端末を持ち歩くという新たな提案を行ないました。様々なアプリと組み合わせることで、自由度が高く高機能な端末を実現し、更には素人でも参入可能なマーケット(appストア)によって、一つの文化圏を形成することに成功しました。このような、新たな価値を生み出した製品を、イノベーティブな製品と言います。

リゲル.proは、iPhoneに比べてイノベーティブな製品と言えるでしょうか?

ダブルウォールの大型ドームテントと薪ストーブの組み合わせというコンセプトは、残念ながら、イノベーティブな製品とまでは言えず、既存製品の組み合わせの域を出ないでしょう。これまでの冬キャンプの概念を変えるような新たな価値があれば話は別ですが、この商品でしか実現できない何かがあるとは思えないのが実情です。


では、イノベーティブな製品で無いとしたら、品質面で148万円の価値はあるでしょうか?

例えて言うならば、フェラーリやランボルギーニのような価値はあるでしょうか?

これについても、少なくともスペック的には、他社の類似製品と同様の域を出ず、通常の10倍の価格を満たすだけの価値があるとは思えません、

製品開発の現場を少しでも知っている方ならば、私の疑問をお分かり頂けると思いますが、プロダクトの価値を決めるのは企業ではなく、市場つまり消費者です。どんなに良い製品でも、その値段に見合った価値を認めてもらえなければ売れないのです。

勿論、実物を見ていないので、見合った価値が無いとは言い切れませんが、クオリア同様、一部のテッキーに受け入れられる以上のものにはならないと私は思っています。



今年の売上・利益に関して、スノーピークは下方修正を余儀なくされています。コロナが明けて、キャンプブームが去ったからなどと言われますが、コト作りとしてのキャンプ文化を作ってきたスノーピークですから、それだけが原因では無いはずです。

私は、毎年スノーピークのカタログが自宅に届く程度には、製品を購入しているユーザーでもあるので、スノーピークをそれなりに評価しているつもりですが、今回の一手は、経営上の大きな分水嶺となると見ています。

SONYと同じ轍を、スノーピークが踏まなければ良いのですが・・・。



※SONYは、出井社長退任後、V字回復を遂げていますが、本稿とは関連性が薄いので述べていません。



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