PHOEBUS 625 ホエーブスの修理とメンテナンス

2021年7月7日

DIY キャンプ沼 バーナー

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PHOEBUS(ホエーブス)625

父が、学生時代に購入た物です。



父は、写真部に所属しており、北アルプスを中心に、山岳写真を撮影していました。私が生まれた頃には、既に山へは行かなくなっていましたが、それまでは、乗鞍岳や立山連峰の剣岳などに登っていたそうです。


私が小学生の頃、ホエーブスを担いで二上山や金剛山、葛城山といった大阪近辺の山々を、毎週のように父と一緒に上ったことを覚えています。しかし、中学以降は登山の回数も減り、次第にホエーブスの出番も無くなっていきました。私が大学生になって以降は、アウトドアの趣味としては、釣りやBBQは継続的にやっていましたが、登山や本格的なキャンプからは遠ざかっていたため、ホエーブスは35年以上も実家の物置の奥に鎮座していました。



そんなホエーブスを、先日、実家に帰ったついでにサルベージしてきたので、修理して使えるようにしました。


PHOEBUS 625について

ホエーブスは、オーストリアのヨーゼフ・ローゼンタール金物製作所(Metallwarenfabrik Josef Rosenthal 、MJR)が1920年頃から1992年まで生産していたガソリンバーナーです。No.625以外に、タンクの小さいNo.725があり、ニップルとクリーンニードルを交換すれば、灯油も使えます。

日本では、1960年代には既に現在のOD缶のようなガスタイプのバーナーがありましたが、嵩張ることもあり、本格的な登山者は、ホワイトガソリンやケロシンを好んで使用していました。液体燃料のバーナーは、燃料の携帯性だけでなく、高度や気温の影響を受けないことからも、標高3000mを超える北アルプスなど、より厳しい環境で威力を発揮しました。そんな液体燃料系バーナーの中でも、特にホエーブスは、構造が単純で壊れにくく、高火力ということで、昭和の登山部出身者であれば必ず持っていたバーナーです。


父の使っていたホエーブス

長年の使用で、缶はボコボコ、タンクの余熱皿は煤と錆で真っ黒ですが、バーナー全体は大きな歪みや凹みも無く、比較的良好な状態です。






タンク側面に貼られていたシールは、経年によって剥がれ落ちていましたが、3枚中2枚が缶の底に残されていました。几帳面なところのある父は、マニュアルや付属品なども、全て欠品なく缶の中に入れて保存してありました。

付属品の中には、Eマークの入った白灯油(ケロシン)用のニップルが入っていましたが、クリーンニードルは入っていませんでした。


缶の中に入っていた付属品。
左上から、バルブ部のグラファイトパッキン、革パッキン2個(これは父が購入時に別途購入していた可能性あり)、
バーナーとタンクの接続部分のグラファイトパッキン、ニップル、安全弁のスプリング、謎のピン(缶の紐の留め具?)


マニュアルを確認すると、購入時はガソリン用のニップルが組み付けてあり、白灯油を使用する場合は、Eマークの刻印がある白灯油用の物に交換するようにと記載されていました。父は、ホワイトガソリンしか使っていませんでしたので、そのまま使っていたようです。



タンク横に張り付けてあったシールには、「石油使用上の御注意」として、ニップルとクリーンニードルを交換するように記載があるのですが、マニュアルにはニップルのことしか言及がありません。

どちらが正しいのか、真相は分かりませんが、私はホワイトガソリンしか使わないつもりなので問題なしです(苦笑)。


ホエーブスを修理する

見た目の状態は悪くありませんが、なんせ35年以上使われておらず、父が購入してから50年以上経ったヴィンテージ物ですから、いかにホエーブスと言えど、色々とメンテナンスしないと使える状態ではありません。

試しにポンピングしてみると、スカスカですし、ハンドルを回すとキーキーと音が鳴ります。

そこで、ポンプ周りから順にメンテナンスしていくことにしました。


ポンプカップのメンテナンス

先ずは、ポンピングして空気を入れられないと意味がありませんので、ポンプを修理します。



ポンプを分解すると、革製のポンプカップがカラカラに乾いていましたので、リュプリカントオイルを差します。




この時点で、ポンプに圧はかかるようになったので、ポンプカップ自体の交換は行わず、このまま使用することにしました。


ポンプの逆止弁(NRV)の自作と交換

次に、逆止弁(NRV:non-return valve)の交換です。

逆止弁を分解してみると、バルブのゴムがカチカチになっていたので、交換することに。交換と言っても、交換パーツには入っていませんでしたので自作します。



使うのは、NBRゴムと呼ばれる耐油性のゴムです。天然ゴムなどは、ホワイトガソリンの影響ですぐにボロボロになってしまうので使用できません。



板ゴムから、デザインナイフを使って、適当な大きさに切り出します。



切り出したゴムを、更に丸くなるように削っていき、弁の土台にはめ込みます。



これで良し。


ポンプのゴムパッキンの自作と交換

この段階でとりあえず100回ぐらいポンピングしてみたのですが、タンク内に圧が溜まらず。どうやら中の空気が抜けているようです。


一番怪しいのは、ポンプ周りのパッキン。



せっけん水をつけてポンピングしてみると・・・



やっぱり。空気が漏れています。


と言うことで、先ずはパッキンを取り外します。カッチカチのパッキンは、マイナスドライバーでぐりぐりやっても外れず、デザインナイフで削ってピンセットで取り出しました。



ここまでフケていれば、圧がかからないのも当然です。

と言うことで、パッキンも、ゴム板から作ります。


ノギスでポンプ径を計って、パッキンの大きさを決めます。



コンパスカッターで円形にくり抜きます。



あとは、ポンプ本体にはめ込みながら、入らない部分をデザインナイフで削って微調整すればOKです。


安全弁のメンテナンス

さて、安全弁も確認してみます。



ホエーブスは、ポンピング時に加圧しすぎてタンクが壊れることを防ぐための安全弁が付いています。



ここも、弁のゴムがダメになっていると圧が漏れる原因になります。分解してみたところ、こちらはゴムの弾力が十分残っている状態だったので、とりあえずこのまま使用してみることにして、安全弁周りのサビ等を落とす程度に止めておきました。


これで、一番ヤレるゴム回りのメンテナンスが完了したので、再度ポンピングしてみると、圧がかかることが確認できました。


プレヒート皿のメンテナンス

次に、プレヒート皿を掃除します。ホエーブスは、タンクとバーナーのつけ根部分が窪んでおり、ここにアルコール燃料を入れてプレヒートする構造になっています。ホワイトガソリン使用時でも、プレヒートしないと燃料が液体のまま吹き出して炎上するため、プレヒートは必須となります。



父は、プレヒートにアルコールジェルを使っていたのですが、長年の使用で、ジェルの燃えカスや煤が地層のように溜まっています。更に、ホエーブスは、タンクが鉄製のため、錆も発生しているようです。



ということで、表面の大きなカスなどをハサミで削り取り、金属タワシでこすって錆などを落としました。

本当は、錆止め剤を塗って、耐熱塗料を塗る方が良いのですが、カッコ悪くなるので、とりあえずはこのままににしておきます。

決してめんどくさかったわけではありません(苦笑)。


その他のメンテナンス~点火試験

あとは、サイレンサー(ホヤ)の内ホヤが結構錆びていたので、金属タワシでこすって、最後に煤も含めてベンジンで拭き取りました。

タンク内も、ベンジンを100ml弱タンクに入れて、よく振って清掃。錆や汚れは殆どありませんでした。


と、ここまでで基本的なメンテナンスは終了。あとは、各部を増し締めして点火試験を行うことにしました。とりあえず、清掃にも使っていたベンジンを燃料として使用。ベンジンはホワイトガソリンと殆ど成分が同じなので、燃料としても問題無く使用できます。



ポンピングして、液体アルコールでプレヒート。



点火してみると、勢いよくブルーフレームが吹き出しました。

音も良い感じなのですが・・・



バルブから火が!


やっぱりなー。


ハンドルを回すと、キーキー音が鳴っていたので、怪しいとは思っていたのですが、案の定バルブ周りから燃料が漏れているようです。

ハンドルを回した感じもスカスカだったので、グラファイトパッキンがダメになっているようです。


バルブのグラファイトパッキンの交換

ホエーブスのメンテナンス方法を事前に調べてはいたので、グラファイトパッキンの交換については知っていたのですが、タイヘンという声が多かったので、やりたくなかったのが正直なところ。

とは言え、燃料が漏れているのでは仕方がありません。


先ずは、バルブ部分のネジを外します。



次に、スピンドルを引っこ抜くのですが、これが恐ろしく固い!



スピンドルにはグラファイトパッキンが付いていて、これが固着の原因なのですが、とにかくペンチで引っ張ったぐらいでは全く抜けません。

スピンドルのピン穴に、針金を通して引っ張ったりもしたのですが、なかなか抜けません。

ホエーブスの修理マニュアルには、専用の治具が紹介されているのですが、それが無い場合は、スピンドルを万力で固定して、ヘッド側を木ハンマーで叩くと書いてあります。流石に、そんなことして万が一ヘッドが割れでもしたら使えなくなりますから、ここで暫し考えてみました。


で、スピンドルを万力で固定して、その万力をゴムハンマーで叩いて抜くことにしました。ヘッド側を手で持って、万力をハンマーで叩いて、ようやくスピンドルを抜くことに成功!



┐(´д`)┌ヤレヤレ


抜いてみて分かったのですが、グラファイトパッキンはそれほど減っていませんでした。


引き抜いたスピンドル。写真中央部のワッシャーに挟まれているのがグラファイトパッキン。
上は予備のグラファイトパッキン。


グラファイトパッキンを外したスピンドル。
右側のギアがクリーンニードル兼バルブのエレベーターギアとかみ合って、クリーンニードルを上下させる。


付属していた予備のグラファイトパッキンと比べると、3分の1ぐらいが減っているようですが、見た目はまだまだ使えそうです。



後から思えば、無理して交換しなくても、バルブ部分をバーナーで炙って、ネジを増し締めするだけでもOKだったかも知れません( ̄д ̄)


とまあ、それはさておき、スピンドルを清掃して、グラファイトパッキンを交換。


ニップルを外して、エレベーターギアの付いたクリーンニードルも抜き取ります。



クリーンニードルは、スピンドルとかみ合った状態で、バルブ内に収まっているので、先にスピンドルを抜かないと抜けません。

あとは、バルブ内をベンジンと綿棒を使って清掃。


特に、スピンドルを抜いた内側は、グラファイトパッキンのカスが残っているので、綺麗に清掃しておきます。


清掃が完了したら、クリーンニードルを戻しスピンドルを挿入。この時、クリーンニードルのエレベータギアがスピンドルに咬むように、正面から見てギアが左に来るように入れます。

スピンドルを回してクリーンニードルが上下することを確認したら、ニップルを取り付け、バルブ部分のネジを締め付けて完了。



ネジは、締め付けすぎるとスピンドルを回すのが硬くなるので、締め過ぎには注意が必要です。


試運転

これで、全てのメンテナンスが終了したので、改めて試運転を行います。



燃料は、親父曰く「ホワイトガソリンの高級品」ことハクキンカイロのベンジン。



プレヒートして・・・



点火!



ガス漏れもなく、ホエーブスらしい燃焼音が響き渡ります。



ブルーフレームも偏りなく、綺麗な炎が出ています。

暫くすると、バルブから火が出ましたが、ネジを増し締めすることで問題無し。


これで、メンテナンス終了です。

5時間ぐらいかかりましたが、往年の姿を取り戻すことができました。


エピローグ

試運転は、不具合が出るか見極める必要があるので、最大出力で15分ほど焚きます。

折角なので、お湯を沸かしてコーヒーを飲むことに。



それにしても、父が購入して50年以上、その間およそ35年は死蔵されていたとはいえ、メンテナンスさえすれば未だに使えるというのは、やっぱり物(モノ)として完成されていると思います。


最近のガスバーナーは、軽量・コンパクトで、イグナイター(点火スイッチ)も付いていて簡便というのは良いのですが、果たして50年後も使えるのかは分かりません。ましてや、電化製品に埋め尽くされた我々の生活において、その多くの製品は10年も持たない物が殆どです。


目の前のホエーブスは、私が小学生の頃、山の上で聴いた懐かしい音を、今でも変わらず轟かせています。多少のメンテナンスは必要にせよ、50年も変わらず使い続けられる製品は、そう多くはありません。



25年後に、今度は娘がこれをメンテナンスして使っている所を想像しながら、コーヒーを飲み干しました。


参考文献

ホエーブス修理マニュアル



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