2度あることは3度ある!オリンパスに裏切られた話

コラム

t f B! P L
今日は、キャンプとはあまり関係ないカメラの話題です。
私は、オリンパスのデジタル一眼カメラをメインとして使っています。オリンパスのデジカメは、コンパクトなPENシリーズと、ファインダーの付いた本格的なOM-Dシリーズの2本柱で展開されており、小型・軽量で、とても使いやすいカメラです。

E-P3とEM-5

ところが先日、オリンパスが映像事業部門を売却することが発表されました。

それを知った私は、「またか!ボリンパス!!」と叫んでしまいました・・・。


デジタル一眼カメラについて

カメラに詳しくない方向けに、簡単に一眼レフや、マイクロフォーサーズ規格について説明させていただきます。
詳しい方は読み飛ばしてください。

デジタル一眼カメラとは

デジタル一眼カメラとは、レンズ交換式のデジタルカメラのことで、昔は一眼レフなどと呼ばれていました。一眼レフとは、レンズとフィルム面の間に鏡(レフ)が入っているカメラのことで、レンズから入った光が鏡に反射され、プリズムを通ってファインダーに結像した像を確認しながら撮影することができるのが特徴です。ファインダーを覗きながらピントを調整し、シャッターを押すと鏡が跳ね上がって、その後ろのシャッターが開き、フィルムに像を焼き付けます(感光)。
フィルムは、35mmフィルムという幅35mmのフィルムが使われ、一コマの大きさが24×36mmとされていました(135フィルムとも言う)。そのため、このフィルムを採用したカメラのことを、35mmカメラとも呼んでいましたが、その後、世界中に35mmフィルムを使った一眼レフ機構のカメラが広まったおかげで、そういったカメラを一眼レフカメラと呼ぶようになりました。
一眼レフが世界中に浸透した理由には、レンズ交換によるバリエーションが得られるという点も大きかったのです。高価なカメラですが、当時は単焦点(ズームできない)レンズしかなかったので、カメラ本体とレンズが一体化したものは、単一の焦点距離でしか撮影できませんでした。簡単に言えば、写る写真の大きさを調整できなかった訳です。今はスマホ時代なので、ピンチ1つで拡大・縮小できますが、当時のレンズはズームできなかったので、大きく撮りたい場合は被写体に近づいて撮らなければなりませんでした。これを解消したのが、レンズ交換式の一眼レフで、広角から望遠まで、様々なレンズと組み合わせて撮影できるようになり、とても便利になりました。
更に大きな変化が、1985年に訪れます。それまで、ヘリコイドと呼ばれるレンズ繰り出し機構を手で操作しながらピントを調整していたのが、モータとセンサーでピントを自動調整してくれるカメラ、オートフォーカスの登場です。最初のオートフォーカスは、ミノルタのαシリーズ(現ソニー)で、その後、ニコン、キヤノンと次々にオートフォーカスの一眼レフが発売され、カメラに詳しくない人でも、本格的な撮影ができるようになりました。

ミラーレスの登場

さて、21世紀に入ってもしばらくは、フィルムカメラが使われていましたが、撮像センサーの飛躍的な進歩により、一眼レフも一気にデジタル化が進みます。最初は、フィルムの代わりに撮像センサーを取り付けてデジタル化したものが主流でしたが、一眼レフ機構から鏡(レフ)を取り除いた機構のカメラが開発されました。ミラーレスの登場です。
ミラーレスカメラは、それまでレンズから入った光を鏡で反射させてファインダーで覗いていたのを、光を直接撮像素子で受光し、映像として液晶画面に表示するようにしたカメラです。ミラーレス最大の利点は、鏡が無いため、レンズと撮像面の距離を縮めることができ、カメラ本体をより小型・軽量化できるということです。このミラーレスの利点を最初にレンズ交換式カメラに取り入れて造られたのが、マイクロフォーサーズです。

フォーサーズとマイクロフォーサーズ規格について

マイクロフォーサーズの話をする前に、その前の規格であるフォーサーズ規格について説明します。


フォーサーズシステム(Four Thirds System)は、オリンパスとコダックが作成したデジタル一眼レフカメラの共通規格です。2003年にオリンパスがE-1を発売し、その後パナソニックやライカも規格に賛同、デジタル時代に相応しい規格として期待されました。
フォーサーズ(4/3)とは、センサーの対角線が4/3インチのサイズ(約17.3mm×13mm)であることに由来します。当時の撮像素子は、受光性能(テレセントリック性)・放熱性・画素数など様々な技術的課題がありました。そのため、これまでのアナログカメラのフィルムを撮像センサーに置き換えるだけでは、様々な問題が発生したのです。これらの課題をクリアするために、フォーサーズ規格が登場したのです。
フォーサーズが、画期的だったことがもう一つあります。規格がオープン規格であるという点です。フォーサーズに賛同した各社にはその仕様が公開され、共通仕様に則ってカメラやレンズが制作されますので、他社との互換性があるのです。そのため、オリンパスのレンズをパナソニックのカメラで使うことができるなど、ユーザーに大きなメリットがありました。インターネットの世界においては、2000年代初頭にはオープンソース・オープンフォーマットが急速に進んでいましたが、工業製品においては、とても珍しいことでもありました。何故ならば、カメラを自社の独自規格にしておけば、交換レンズも自社製品を買わざるを得ず、ユーザーの囲い込みができるからです。
フォーサーズは、これまでの、ニコン、キヤノン、ミノルタ、ペンタックスなど、メーカー間でレンズが共用できなかったのを、オープン規格によって共用を可能にするという画期的な規格だったのです。※注1

さて、デジタル時代の規格として登場したフォーサーズですが、課題もありました。センサーサイズが35mmフィルム相当に比べて面積比で約1/4と小さいにも係わらず、ボディサイズがそれほど小さくなかったことです。元々、フォーサーズでは、テレセントリック性という光を撮像センサー面に対しなるだけ直角に当てることで、受光性能を最大限にすることを目的としていたため、センサーサイズに対してフランジバック(レンズのマウント面から撮像センサーまでの長さ)が長いという特徴がありました。フランジバックが長いと、ボディが厚くなるので、結果として、他社の一眼レフに比べてあまり小さくならなかったのです。


これを大きく変えたのが、マイクロフォーサーズシステム(Micro Four Thirds System)でした。撮像センサーは、フォーサーズの3/4サイズのまま、鏡(レフ)を取り除いて大幅にフランジバックを縮小することで、更なる小型・軽量を目指したのです。
2008年にパナソニックが「LUMIX DMC-G1」を発売、その後2009年にオリンパスが満を持して「PEN E-P1」を発売しました。当時、レンズ交換式カメラといえばデカくて重いのが当たり前だったのが、E-P1は本体重量僅か335gという軽さで、カメラ業界に衝撃を与えた製品でした。
マイクロフォーサーズ規格は、オリンパスとパナソニックが主体になって策定されましたが、コシナやタムロンと言った交換レンズメーカーや、映画用カメラのBlackmagic Design、ドイツの光学機器メーカーシュナイダー・クロイツナッハなど、多くの企業がこの規格に参加しています。

以上、順風満帆に見えたマイクロフォーサーズですが、技術革新により新たな窮地に立たされます。
第3次フォーマット戦争(仮称)です。※2

フィルムサイズによるフォーマット戦争

カメラの原理は、レンズで光を集めて、それをフィルムや撮像センサー(以下センサー)上に結像させて、映像を得ています。そのため、フィルムやセンサーが大きければ大きいほど、画質面で有利になります。
デジタルカメラのセンサーには、光を取り込んで電気信号に変える撮像素子が並んでいます。この数が、〇〇画素と言われるもので、撮像素子の数が多ければ多いほど、高精細な画像を得ることができます。テレビで言えば、アナログテレビより、デジタルハイビジョン、4Kと解像度がどんどん高くなることで、より高精細で美しい映像を見ることができているのと同じです。
また、逆に撮像素子の数が同じであれば、面積が大きいほど、撮像素子を大きくすることができるので、高感度性能が高くなります。撮像素子が大きければ、面積比で取り込む光の量が多くなるため、暗い場所でもノイズの少ないはっきりとした画像が得られます。
更に、カメラにとって大きな問題が、ボケです。同じ画角のレンズを使用した場合、撮像面積(フォーマット)が大きいほど、大きくボケます(f値が同一の場合)。インスタグラマーなどが、デジタル一眼カメラを使うのは、スマホのカメラよりデジタル一眼カメラの方が、フォーマットが大きくきれいにボケるからです。

このフォーマットと呼ばれる撮像面積の大きさについての争いは、アナログ時代に2回あり、デジタルが3回目となります。

第一次フォーマット戦争

第1次フォーマット戦争は、既に説明した35mmフィルム(135フィルム)と中判カメラ(120フィルム)との戦いでした。
中判カメラとは、6×6判や6×7判などと言われる、135より大きなフィルムを使ったカメラです。中判用フィルムの120は、フィルム幅が61.5mmと、135の2倍近いサイズがあるため、より高精細な写真を撮ることが可能でした。そのため、ポスターや雑誌などの商用写真向けのフィルムフォーマットとして、永らく使用されていました(今でもマニア向けに販売されている)。
一方、135カメラは、一眼レフカメラの普及によって世界中に広まり、プロからアマチュアまで、多くの人が使うカメラになりました。特に、報道向けに新聞記者などが一眼レフを多用し、ヒッチコックの映画「裏窓」ではカメラマンの主人公がエキザクタという東独カメラを使っていたりと、カメラ=35mm1眼レフというイメージが定着していきます。

エキザクタ用レンズ。レンズ右側に張り出しているのは、絞り兼シャッターボタン。

その結果、日本でも多くのカメラメーカーが勃興、現在のカメラメーカーへと繋がっていきます。
さて、第一次フォーマット戦争は、紆余曲折あり135が勝利します。最大のポイントは、コストパフォーマンスです。当時フィルムは高かったですし、現像にも多額の費用がかかりました。そのため、画質が良いとは言え、フィルム代のかかる120は、商業印刷向けを除いて、一般へは浸透しませんでした。また、中判カメラは、本体やレンズも高価で、大きくて重いため、普段のスナップ写真を撮ったりするのには不向きでした。

ペンタコンシックス(6×6)用80mmレンズ(左)と、M42マウントの50mmレンズ(右)。
解放f値やレンズ構成が異なるため、厳密ではないが、中判のレンズの方が大きく重い。
どちらも、東独カール・ツアイス製。

勿論、一部の写真愛好家の間では使用されていましたが、市民権を得ることはできませんでした。
余談ですが、中判カメラはデジタル時代の現在でも存在し、ペンタックス645Dシリーズなどが販売されています。

第2次フォーマット戦争

第2次フォーマット戦争は、135対APSの戦いです。
これまでの135に対し、更に利便性を高めたフィルムとカメラの開発を狙って作られたのが、1996年に発売が開始されたAPS(アドバンストフォトシステム)です。フィルムの一部に磁気コーティングを行い、日時、プリントサイズ、撮影時の設定などを、保存し、プリント時に利用できるようにしました。今のデジカメで言うExif情報の走りとも言えるシステムでしたが、あまり普及しませんでした。
APSはフィルム幅24mmで、16.7×30.2mmという16:9の横長の写真が撮れるフォーマットでした。これを、プリント時に135の通常サイズ (2:3)とパノラマサイズ (1:3)にトリミングしてプリントすることができました。当時、使い捨てカメラなどでもパノラマ撮影が話題になっていたため、より高価な一眼レフでもそれに対応したいという考えもあったようです。
APSは、これまでの135のフィルムカートリッジとは異なる形状でしたので、カメラも専用化され、キヤノンやニコンから発売されました。
さて、アドバンストという名前を与えられた通り、APSは様々な仕様を盛り込んだフィルムフォーマットでしたが、マニアからは、見向きもされませんでした。最大のポイントは、フィルムの大きさと機材の問題です。APSはこれまでの通常比率の2:3の写真を得ようとすると、有効面積が半分近くになり、画質面で不利なだけでなく、大きくトリミングするためフィルムも無駄になりました。更に、現像は専用の機械が必要になるため、高校・大学などの写真部などので自分で現像することができませんでした。
そのような、APSに対して新しくカメラを買い替えるというのは、デメリットしかなく、マニアからは敬遠されたのです。一方、カメラが小型化されるというメリットはありましたが、こちらも135に対して大きなアドバンテージにはならず、あまり受け入れられませんでした。最大の問題点は、レンズの互換性を優先して、フォーマットの大きさに合わせた専用設計がされなかった点です。

CanonのAPSカメラEOS IX
出典:キャノンカメラミュージアム

上記の写真は、キヤノンの発売したAPSカメラEOS IXです。APSフィルムに合わせてボディは小型化されていますが、レンズは135と共有のEFマウントだったため、レンズが大きくなってしまいました。APSに合わせて専用設計のレンズを出せば、もう少し小さなレンズが作れたはずですが、メーカー側としてもあまりメリットが無かったのでしょう。
ちなみに、APSはコンパクトカメラでも展開されましたが、イマイチでした。1996年に販売開始されたキヤノンのIXYシリーズは堅調な売れ行きを見せましたが、4年後の2000年にはIXYデジタルが発売され、コンパクトデジタルカメラへのつなぎの商品にしかなりませんでした。
APSは、結局典型的なプロダクトアウト製品として販売され、マーケットに受け入れられることなく消えていきました。

これ以外にも、110フィルム紛争などもありましたが、今回は割愛します。

第3次フォーマット戦争~デジタル一眼カメラの覇権争い

第3次フォーマット戦争、これが今回のオリンパスも巻き込んだ、大戦争になっています。
先ずは、下記のフォーマットサイズの比較をご覧ください。

出典:CAPA CAMERA WEB

フルサイズに比べれば、APS-C以下は全て面積にして半分以下なことが分かります。
フルサイズとは、35mmフィルム(135)のサイズのことです。2000年代当初は、ウン百万というカメラを除いて、デジタル一眼レフはAPS-Cサイズが主力だったため、レンズの焦点距離の計算がややこしく、35mm換算で何ミリという言い方が流行りました(今でもですが)。そこから35mmサイズの撮像センサーことをフルサイズと言うようになったのです。
さて、センサーサイズの大きさが、ボケと高感度性能に影響する事は既に述べた通りです。センサーサイズが大きいほど、ボケが大きくなり、高感度性能が有利になります。

2000年代初頭、センサーはCCDが主流で、価格も非常に高価でした。そのため、当時のAPS-C(H)のカメラでも、50万以上が普通で、プロやハイアマを除いて一般人が買うものではありませんでした。特にセンサーは、面積が大きくなるほど製造の歩留まりが悪くなり、より高額になりました。また、センサーから発生する熱も問題になり、大きなセンサーほど排熱が難しく、フルサイズセンサーのカメラを作るのは非常に困難でした。そのため、フォーサーズが設立された2002年当時は、センサーサイズと性能について、値段も含めて極めて有効なシステムでした。
ところが、その後、センサーの技術が年々向上し、CCDからCMOSへと変わり、画素数が急速に向上していきます。キヤノンのフラッグシップモデルEOS-1Dシリーズを例にとると、2001年12月発売の1Dで415万画素だったのが、2004年4月発売の1D Mark IIで820万画素、2009年12月発売の1D Mark IVでは1,610万画素と、8年で約3倍に達しています。1Dシリーズは、プロ向けのカメラであるため、画素数よりも高感度性能や速写性を優先しているのでこの程度の上げ幅ですが、2015年6月発売のEOS 5Dsでは、5,060万画素に達しています。
センサー技術の発展は、高画素化だけでなく、低消費電力、低価格化も同時に進んだため、2005年に発売されたEOS-5Dは、フルサイズセンサーを搭載しているにも係わらず実売価格40万以下と一気に手の届く値段になります。ここから、APS-Cからフルサイズへの流れが加速していき、2013年には遂に世界初のフルサイズミラーレスであるα7がソニーから発売されます。
このように、センサー性能が向上してくると、フォーサーズやマイクロフォーサーズのアドバンテージが無くなってきたため、フルサイズ派とマイクロフォーサーズ派での激しい論争が、某掲示板などで繰り広げられることになりました。マイクロフォーサーズは、センサーサイズが小さいため、レンズも小型化・軽量化することができます。フィルムのAPS時代と異なり、レンズも専用設計ですので、小型で高性能なレンズがラインアップされています。
しかし、ボケ量に拘るフルサイズ派からは、f値で2段分ボケ量が劣るマイクロフォーサーズは、コシナ フォクトレンダーノクトンのようなf値0.95という飛び道具でもない限りボケないとこき下ろされることもしばしばでした。
このように、フルサイズかそれ以外かに二分する戦いの様相を呈してきた第三次フォーマット戦争ですが、フルサイズへの流れを決定づける事件が起こります。マイクロフォーサーズ陣営であるパナソニックから、フルサイズカメラが発売されたのです。パナソニックは、フルサイズのライカLマウントを採用し、2019年3月にLUMIX DSC-S1を発売しました。一方、当時のオリンパスは、改めてフルサイズ進出を否定、マイクロフォーサーズに集中していくことを表明しています。
パナソニックは、マイクロフォーサーズに関しても、引き続き製品開発を続けていくことを明言しており、新しいカメラも予定されていますが、今までのような専属で無くなることで、開発リソースの低下は避けられないでしょう。

第3次フォーマット戦争の決着は、まだもう少し先だと私は信じていますが、ニコンとキヤノンという2大カメラメーカーも、フルサイズミラーレス一眼を2018年に相次いで発売しています。今後、マイクロフォーサーズは、更に厳しい戦いを強いられることになるでしょう。

私のマイクロフォーサーズ資産

私は、デジタル1眼カメラとして、マイクロフォーサーズを主力としています。そのため、下記のようなレンズ資産を持っています。



私は、鳥やスポーツ物などを撮らないので、望遠はパナソニックのLUMIX G X VARIO PZ 45-175mm /F4.0-5.6ぐらいしか持っていませんが、風景やスナップがメインのため、広角から標準は、オリンパスのProシリーズを代表に、けっこう持っています。

M.ZUIKO DIGITAL ED 7-14mm F2.8 PRO(左)とM.ZUIKO DIGITAL ED 8mm F1.8 Fisheye PRO(右)

14万以上するM.ZUIKO DIGITAL ED 25mm F1.2 PROのような超高性能単焦点レンズは持っていませんが、コシナのフォクトレンダーノクトンF0.95シリーズは、17.5mm、25mm、42.5mm(各35mm換算で35mm、50mm、85mm)を愛用しています。


発売当時、3本ともカメラ店で予約して購入したのを覚えています。

その他にも、M.ZUIKO DIGITAL ED 75mm F1.8は、抜群の解像度を誇り、35mm換算150mmという使い難い長さではありますが、これでしか撮れない写真がある素晴らしいレンズです。


このような、個性的で高性能なレンズラインアップも、マイクロフォーサーズの大きな魅力です。

カメラ本体は、E-P3から入って、E-M5やE-M1、パナソニックのGシリーズなど、いくつか使ってきていますので、レンズと合わせて総額は100万を超えます。
まあ、生粋のカメラマニアからすれば大した額ではないでしょうが、私としては、それなりにつぎ込んできました(苦笑)。

ユーザーを裏切り続けたオリンパス

さて、私が記事タイトルに2度あることは3度あると書いたのは、オリンパスがユーザーを裏切るのは今回で3度目だからです。

1度目は、フィルムカメラ時代でした。「宇宙からバクテリアまで」をキャッチコピーに、OMシリーズという35mm一眼レフカメラを販売しました。小型軽量で高性能を売りに、OMシリーズは着実にファンを増やしていったのですが、オートフォーカス(以下AF)の流れに乗り遅れてしまいます。AFは、既に書いたようにミノルタのα7000シリーズに端を発する訳ですが、これに各社とも追従していきます。実はこの時、キヤノンも一度ファンを裏切っています。それまでのマニュアルフォーカス時代のFD(互換性のあるR、FL含む)マウントを捨て、全く互換性の無いEFマウントに変更しました。これは、カメラの電動化と様々なセンサーによる制御などを考慮すると無理からぬことでもありますが、少なくとも、過去のマニュアルレンズは一切使えなくなったので、新しいカメラを買うと、レンズを一から購入しなければならなくなりました。ミノルタのαシリーズも同様で、それまでのマニュアルレンズ(SRマウント)との互換性はありませんでした。
ちなみに、ニコンはこの危機をうまく乗り切り、1959年に発売したFシリーズ以来、現在のデジタル一眼レフに至るまで、レンズの互換性を保っている(現代の最新機にも昔のレンズを付けて使うことができる)というのは驚きです。
オリンパスはと言うと、なんとかαシリーズに追いつき追い越せと知恵を絞りますが、OMシリーズのAF化には完全に失敗してしまいます。実はオートパワーフォーカスなるレンズとカメラ(OM707)を発売するのですが、とても使い物にならないカメラで、不評でした。結局、OMシリーズのAF化に失敗したオリンパスは、多くのファンを裏切り、膨大なレンズ資産と共に、一眼レフの歴史を閉じます。

ただ、一つだけ弁護するとすれば、この時期は多くのメーカーがオートフォーカスの波についていくことができず、落第していきます。
最も有名なのは、CONTAX(コンタックス)のブランド名を冠する京セラ・ヤシカのカメラです。コンタックスは、元々カール・ツアイスのカメラ製造会社であるツアイス・イコンのカメラブランド名です。1974年に、カール・ツアイスと日本のカメラメーカーのヤシカが提携してコンタックスブランドのカメラを製造開始します。同時に、ヤシカの子会社である富岡光学がカール・ツアイスのレンズを製造、世界で最も有名なカメラブランドであるカール・ツアイスのカメラとレンズが、ヤシコン(ヤシカコンタックスの略)の愛称と共にmade in japan で提供されていました。その後、ヤシカを京セラが買収、コンタックスとカール・ツアイスレンズは引き続き提供され続けます。ところが、コンタックスもAFの波を受け、AF機の開発に苦戦。1996年にコンタックスAXなるAF機を販売しますが、これは、レンズのフォーカースを駆動するのではなく、フィルム面を前後させることでフォーカスを合わせるというキワモノ的なカメラで、商業的には失敗します。その後も、AF専用のNシステムという新たなカメラとレンズのラインアップをリリースしますが、日本製のAF機には勝てず、2000年代前半には市場から消えることになりました。PlannerやDistagonという名玉がタンスの肥しとなってしまった瞬間です。
カメラの歴史の中で語られるほどのカール・ツアイスですら、AFの潮流に乗れず衰退していったのですから、オリンパスとしても無理からぬことかも知れません。

2度目は、既に説明したフォーサーズシステムです。オリンパスは、OM時代に果たせなかったオートフォーカスの高性能カメラを、フォーサーズ規格の元、Eシリーズの名で復活させます。当然、これまでのOMシリーズとのレンズ互換性はありませんが、デジタル時代の一眼レフとして高性能レンズをバンバンリリース。多くのOMファンが飛びつきました。
ところが、時代はセンサー解像度の戦いに飛び込んでいきます。その顛末は既出の通りで、2008年にはマイクロフォーサーズへと転身します。
実は、2008年にマイクロフォーサーズ規格を発表した時、オリンパスは、フォーサーズ規格の継続を公言していました。ところが、2010年に発売したE-5を最後に、フォーサーズ規格は10年に満たない歴史に幕を閉じることとなります。フォーサーズとマイクロフォーサーズは、撮像センサーの大きさこそ同じですが、フランジバックやAF機構が異なるため、厳密には互換性に乏しいものでしたので、マイクロフォーサーズのOM-Dシリーズは、Eシリーズの代替とはなりませんでした。結局、30万円オーバーの、ZUIKO DIGITAL ED 150mm F2.0などの超高性能レンズを買わされていた多くのユーザーからは、オリンパスに対する怨嗟の声が響き渡り、オリンパス離れが巻き起こることになりました。

そして、今回のオリンパスによる映像事業売却騒動です。
OMの危難を乗り越え、Eシリーズの憂き目にも、マイクロフォーサーズへの買い替えを断行した健気なファンにとっては、

そりゃないよ、ボリンパス!!仏の顔も三度までよ!?

と言いたくなるのは無理からぬことです。

私は、マイクロフォーサーズからオリンパスに入ったので、歴史的な被害は少ないですが、それでも憤りは隠せません。

売却後のカメラ事業についての懸念

一応、事業売却先は、ソニーのPC部門であるVAIOブランドを復活させた日本産業パートナーズ(JIP)となっていますが、PCほど話は簡単では無いと私は考えています。
PCは、ある意味コモディティ化の進んだ製品ですので、開き直って生産性の効率等を上げれば、復活できる可能性はあります。極論すれば、ベトナムやタイなどの海外で安くアセンブリ(組立)すれば、製造コストを押されられるので、品質とカスタマーサポートさえ保てれば、生き抜ける業態です。
しかし、デジタル一眼カメラは、ここまで延々と述べてきたように、フォーマットやメーカーの特質によって製品の性能が大きく異なり、レンズも含めるととても複雑な様相を呈する業界です。更には、ここ数年のフルサイズへの潮流など、第三次フォーマット戦争は新たなステージに進もうとしています。
こういった流れの中では、研究開発と製造コストのバランスが非常に重要になってきます。オリンパスの場合、近年、製造拠点を中国からベトナムに移しており、より製造コストを下げようという努力が伺えます(但し、それさえもキヤノンなどの動きに比べれば数年遅いとと言う指摘もあります)。一方、製品開発については、フラッグシップ機のE-M1がMk.2からMk.3になっても大きなブレイクスルーが見られないなど、停滞感が感じられていました。
実際、動態撮影性能があまり必要の無い私にとっては、初代E-M1と3代目のMk.3を比較すると、EVF(電子ファインダー)や撮像センサーに大きな違いが無いことから、20万も出して買うメリットが感じられず、買い控えているのが実情です。このような、技術的なブレイクスルーが見られない現状を鑑みると、JIPの下で再建しても、どれほどの成果があるのか疑わしいです。
もう一つは、オリンパスの今後と、分社化した会社との知財権の問題です。オリンパスは、映像事業部門を売却するとしていますが、当然それには、デジタルカメラ関連の特許も含まれていると考えるのが妥当です。ところが、オリンパスは、映像事業売却後は内視鏡を中核とする医療関連事業に専念するとしています。この内視鏡というのが曲者で、そこにはデジタルカメラと共通する多くのカメラやレンズの特許が含まれるはずです。内視鏡を中核とするのであれば、オリンパスは、分社化する会社に対して自社が不利益になるような特許技術は譲渡できない訳で、そうすると、新会社がどの程度有益な特許を持ち得るのかにも注目せざるを得ません。下手をすれば、M.ZUIKOレンズに必要な特許が、オリンパス側に留保され、法外な特許料を請求されるとも限らない訳です。そうなれば、新会社での経営再建すらおぼつかず、PENやOM-Dブランドが消滅するのは目に見えています。
言いたくは無いですが、オリンパスが、かつて粉飾決算で信用失墜した会社であるということを、忘れてはならないと思っています。

今後のデジタルカメラ市場について

先日、ちょっとショッキングな記事を見つけました。
2020年最新のスマホ機種である「Galaxy S20 Ultra 5G」と、デジタル一眼レフカメラを比較するアンケートを、プロのカメラマン50名を対象に行ったところ、59.7%がGalaxyの方がきれいと答えたとのことです。


Galaxy S20 Ultra 5Gは、108メガピクセル(1憶800万画素)のカメラを搭載しています。レンズ性能を無視して言えば、解像度モンスターです。勿論、被写界深度や高感度性能などの問題はあるでしょうが、それでも写真だけを比較するとデジタル一眼よりきれいに見えるということは、今後のデジタル一眼カメラの行く末を暗示していると言えます。
確かに、レンズとセンサーの組み合わせから考えれば、スマホがフルサイズのデジタル一眼にかなう訳は無いのですが、それを可能にしてしまうのが現在のソフトウェア技術です。
iPhoneでポートレート撮影ができるようになったのは、カメラが2つ付いた7Plus以降ですが、この焦点距離の異なる2つのレンズを駆使して、ソフトウェア的に合成して被写界深度をバーチャルに変更する技術は、僅か数年で長足の進歩を遂げています。その結果が、108メガピクセルのスマホカメラが、デジタル一眼を凌駕するというアンケート結果に繋がっているわけで、この技術が更に進めば、本当に一部のオールドレンズマニアが収差とかコマフレアと言った光学特性を競い合う以外では、一眼カメラは不要になる可能性があります。いや、光学特性すらソフトウェア的には再現可能でしょうから、最早、デジタル一眼は解像度モンスター+ソフトウェア技術の前に屈する日も近いかもしれません。
そんなことを言っている私のブログも、実際の所、9割以上の写真はiPhone で撮影したものですので、他人ごとではありません(苦笑)。

詳細は省きますが、既にコンパクトデジカメの市場は無いに等しく、デジタル一眼カメラも、フルサイズミラーレスなどで話題を保っていますが、年々市場が縮小しているのは事実です。最早、フォーマット戦争などしている場合ではなく、お互いが生き残るための全体戦略を、カメラ業界一丸(一眼!?)となって考えないといけない時期に来ていると感じています。


さて、ボリンパスに対して一言いいたかっただけなのですが、デジタル一眼カメラの歴史まで外観することになってしまい、ものすごい長文になってしまいました。
まあ、私としては、それぐらい色々と言いたいことが溜まっていたということで、お許しいただければ幸いです(苦笑)。

さて、今後の私のカメラシステムですが、友人からは、ソニーのα7シリーズを勧められています。別に、勧められなくても、オールドレンズを大量に持っている私としては、近いうちにα7シリーズの導入を考えていましたが、あくまでメインはオリンパスで考えていたので、完全にメイン機として入れ替えるのは躊躇しています。

値段がつく今のうちに、レンズ資産全部売ってしまって買い替えるというのは、フォーマット戦争に敗れたカメラを持つユーザーの常套手段なのですが・・・

くそー、ボリンパスめ!
散々、ユーザーから浄財を巻き上げといて、またこれかい!!



※注1
フィルムカメラ時代にも、M42やライカMマウントなど、事実上共通規格になっていたものは存在するが、業界団体が作ったオープン規格としてはフォーサーズが最初。

※注2
私が勝手に戦争と表現しているだけで一般的な表現ではありません。


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沼にハマると抜け出せなくなる性格の40代おっさん。関西出身で現在は東京都在住。嫁と娘の3人家族で年間30泊ほどキャンプに行って飲んだくれている。

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