日本は一度新型コロナで焦土と化した方が良い

コラム

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更新履歴
【2020/7/19更新】
「序文」追加
「無謀とバラマキのGoToキャンペーン」第1段落追加
「東京都をスケープゴートにして強行されたGoToトラベルキャンペーン」追加
その他、一部誤字・表現の修正

この半年余りのコロナ禍を見ていて、私が考えたことを今回は書きます。
書き方が、非常に過激な表現を含んでおりますので、いつものキャンプネタのようなノリを期待される方は、申し訳ございませんが読むのをお控えください。
また、全部で4万字を超える長文ですので、その旨ご理解ください。

序文

この半年余りの新型コロナ禍を見ていて、遂に私も黙ってみていることができなくなった。これまでも、幾度となく政府の無為無策に苛立ちを覚えてきたが、GoToトラベルキャンペーンなる、余りにも無責任で子供騙しな法案が実行されるにあたり、苛立ちは怒りへ、そして諦観へと変わった。
今回、良い機会なので、私の考えをまとめてここに発表することにした。お付き合いいただける方は、一市民の声として読んでいただければ幸いである。

新型コロナ禍について

新型コロナウィルス感染症(COVID-19)については、今更説明する必要もないだろう。新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)によって引き起こされる感染症のことで、俗に新型コロナと言われている物だ。
日本では、感染が確認された症状のある人の約80%が軽症、14%が重症、6%が重篤とされており(※1)、7月9日時点での致死率は4.8%となっている(※2)。
この新型コロナ感染症(以下、新型コロナ)によって、我々の生活は大きく変わり、様々な問題を引き起こしている。私の周りにも、収入が激減した飲食業の方や、仕事が無くなったり、失職した友人・知人がいる。
6月に一旦下火になった新型コロナだが、直近の2週間を見ていると確実に感染者の増加傾向が見られる。そんな中で、7月9日に東京都で新たに224人、全国で355人の感染者が確認された。私は、もう待ったなしだと考えている。

新型コロナ感染者数が連日200人オーバーの東京

7月9日、東京都の新型コロナ感染者数が224人となった。うち、感染経路不明者は104名だ。これを受けて、小池東京都知事と西村無能新型コロナ対策担当大臣(以下、西村大臣)が会談した。しかし、残念ながら(いや、想定通り)、具体的対策などは全く示されず、今後専門家も交えて協議するということだった。この期に及んで、首都行政のトップと担当大臣の会談が、中身の無い単なる雑談に終わって良いはずがない。

一方で、西村大臣によると、野球を始めとするイベントについては、予定通り5,000人以下であれば7月10日から開催可能だと言う。前日に、東京都でこれだけ感染が拡大しているデータが出ているにも係わらずだ。おそらく、7月10日前に東京で500人の感染者が出ていても、屁理屈をこねてイベント実施緩和を強行したことだろう。一旦決められたことを今更変えられないという、固定概念に捕らわれた無能大臣には、常に変化する状況に合わせて判断するなどというリーダーであれば常識的な行動はとれないのだ。こんな無能大臣に、日本の未来を託さなければならないというのは、市民にとってこれほど不幸なことは無いだろう。
私は、別に野球なんて開催しなくて良いと言っているのではない。むしろ、親父の代から阪神ファンの私としては、一刻も早く見に行きたいと思っているぐらいだ。しかし、この新規感染者が連日で200人を超えている現状に対し、全く数字的根拠も、具体的対策も示されないままでは、行きたくても行けないと思う人の方が多いだろう。感染者が増えていると言うことは、これまでの3密回避の自主的な対策だけでは増加を防げないことを表しており、新たな対策が求められる状況になっているのだ。にも係わらず、これまで通りの市民に頼る自主的な感染症対策だけでイベント開催可能と言われても、最早だれも信用しないだろう。
本当に、イベント開催を行って良いと政府が考えているのであれば、その具体的根拠と対策を示すべきだ。

西村が無能新型コロナ対策担当大臣と言われる訳

だいたい、西村大臣は、吉村大阪府知事(以下、吉村知事)に対する勘違い発言によって無能新型コロナ対策担当大臣とネットで猛烈に批判された人物である。5月初旬当時、緊急事態宣言を延長するかどうかが問題となっており、5月5日に「国は数値で出口戦略を示すべき」と吉村知事が発言したことに対し、西村大臣が「何か勘違いをされているのではないかと、強い違和感を覚える」と反論したのだ。
西村大臣の言葉を引用しておく。

何か勘違いをされているのではないかと、強い違和感を覚える。
各都道府県の裁量で休業要請なり解除なりを行っていただくわけなので、その説明責任を果たすのは当然。
都道府県の知事の権限・裁量を増やしてほしいと要請や主張をされながら、『休業要請を解除する要件の基準は国が示してくれないから』というのは大きな矛盾だと思う。

つまりは、緊急事態宣言を発令したのは政府だが、休業要請を行ったのは都道府県なのだから、休業要請の解除基準を示すのも都道府県だと言っているのだ。緊急事態宣言の根拠となっている「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(以下、特措法)に基づけば確かにその通りなのだが、緊急事態宣言に基づいて休業要請をしているのだから、休業要請の解除に当たっても緊急事態宣言の解除が必要であり、当然、緊急事態宣言の解除基準を国は示すべきだと吉村知事は言ったのだ。
それに対して、西村大臣は、「休業要請を解除するのは都道府県なんだから解除基準を提示するのも知事の役割でしょ」と、法文を盾にして知事に責任と義務を押し付けているのである。
当時は、4月7日に発令された緊急事態宣言から1ヶ月が経とうとしており、解除か延長かについて注目が集まっていたわけだが、どちらにするにしても明確な基準を示すことが求められていた。当然である。緊急事態宣言によって、事実上市民の行動の自由は経済活動も含めて著しく制限されたのだから、この状況がいつまで続くのか、そして自由が戻る時には社会は安全になっているのかについて、非常に憂慮されていたからだ。要するに、延長するのであれば、現状の危険度を、解除するのであれば安全度を、だれもが納得できる数字で示すべきなのだ。そうすれば、行動の自由を制限される市民も納得できるし、解除後も安心して日常生活を送ることができるのである。残念ながら、現状は解除後も新型コロナに怯える日々を送らざるを得ない状態となっているが、これについては後述する。
結局、5月4日に新型コロナウイルス感染症対策本部が開催され、安倍首相が5月31日まで延長することを決定。吉村知事は、その前から延長するにせよ解除するにせよ国が明確な基準を決めるべきと発言しており、国が基準を決めないのであれば、大阪府として基準を出すと発言していた。しかし、5月4日の延長決定にあたり、政府は何の基準も示さず、引き続き今後の動静を見守りつつ適宜判断するという旨の発表を行ったのみである(※3)。
先の吉村知事の発言は、それを受けてのことだったのだが、解除の根拠となる数値を発表し(大阪モデル)、具体的基準を出さなかった政府に対して苦言を呈したことに対し、言葉尻をつかまえて文句を言う西村大臣が、無能新型コロナ対策担当大臣とwikiペディアにまで書かれるのは当然だろう。

wikiペディアの職業欄で無能新型コロナ担当大臣と記載された時のキャプチャ画像

自民党のスポークスマンである田崎史郎ですら、「発言の内容に間違いは無いがもう少し言い方を考えた方が良かった」と某テレビ番組でコメントしていたぐらいで、政治家以前に人として救いようの無い発言をする人物である。
尤も、本来であれば医学に精通しているか、せめて科学的分野や理系のスキルがある人物を充てるべきポストに、東大出の法律バカの元官僚を充ててしまったのであるから、西村自身の能力以前に、任命に問題があったと言うべきだろうか。

無策の結果ひねり出されたwithコロナ

そもそも、withコロナとは何なのか。
今、マスコミなどを通じて喧伝されているwithコロナに、一体どれだけの科学的根拠と合理性、そして実効性があるのか。
はっきりって、政府の無策の末にひねり出されたのがwithコロナである。新型コロナが市中に広まっているのが常態化している現在、感染者が周りにいることを前提としたライフスタイルに移行しようと言うのは、「進め一億火の玉だ」と言っていた大政翼賛会の頃と何ら変わりがない。我々は今、誰が感染しているのか判らず、何処で感染するのかも判らず、見えない恐怖と戦い続けなければならないと言うのは、まるでディストピアのSF映画を見ている気分にさせられる。
基本に立ち戻って考えてみれば、感染症対策とは、いかに見える化し、囲い込み、コントロールしていくことであり、3密を避けていたずらに怯えることでは無い。しかし、日本の実情は、PCRの検査数は未だに1日13,000件程度で、ドイツの最大1週間で110万件(1日15.7万件)などには到底及ばない(※4)。
いきなり結論から書いてしまうが、真っ当な感染症対策としては、膨大なPCR検査(またはそれに類するSmartAmp法など)を行い、感染者と非感染者を分けてしまえば良いのだ。これは、テレビ朝日の玉川徹などが番組で何カ月も前から主張していることでもあるが、初期の感染症対策としては、最も効果的な正攻法である。囲い込んで治療し、他人にうつさなければ、理論上は地上から新型コロナは無くなる。
ところが、政府の対策と言えば、3密を基本とした新たな生活様式、所謂「withコロナ」である。結局、どこに感染者がいるか判らず、自分が感染しているかも知れず、市民の自主性に任された謂わば「自己責任」的なガイドラインに頼るなど、とてもまともな政策とは思えない。
こんな状態では、安心して出かけることもできず、疑心暗鬼になり、自粛警察が横行するだけである。そこへ持ってきて、「GoToトラベルキャンペーン」である。私には、「GoToトラブルキャンペーン」になるとしか思えない。

空虚な日本モデル

私は、日本人の行動がコロナ被害の拡大を防止したという、科学的根拠と、客観的な評価を寡聞にして知らない。
安倍首相が、日本でたまたま新型コロナ感染症が終息してきたように見えた当時、5月25日の記者会見で、「日本モデルの力を示した」と発言したことに違和感を覚えた人は多いだろう。そもそも、一体日本モデルとは何なのか、その具体的な対策内容については、未だに論理的説明が政府からも為されていない。3密と呼ばれる密集・密接・密室を避け、マスク・手洗い・換気を励行するという、極めて市民の自発的行為を前提とした曖昧な政策を日本モデルと呼ぶのであれば、太平洋戦争当時の大政翼賛的な論調と何ら変わることはない。

マスクは本当に感染を防げるのか

確かに、マスクをすることにより、感染が低減されることはある程度認められている。これは、6月11付けで米国アカデミーに投稿された研究論文からも判る(※5)。しかし、マスクをすることによる防衛という意味では、十分な効果が得られないというのは、コロナ禍当初から言われていたことである。飛沫感染を本当に防止するのであれば、N95マスク並みの高い気密性のあるマスクでなければ、特にエアロゾルと言われるような微細な飛沫を防ぐことはできない。最近、WHOでもエアロゾル感染が認められており、更にはある種の空気感染の可能性も指摘されている。そうなってくると、一般的な不織布マスクで防衛するのは不可能であり、マスクによる感染リスク低下についても限定的になるだろう。しかし、より気密性の高いN95マスクは製造コストが高く(つまりは製造に時間がかかる)、医療従事者に優先的に配分されるため、市中に十分量を供給することが絶望的である。結局、市民は一般的な不織布製のマスクでお茶を濁すしかないのであるが、政府やマスコミは、その予防効果が十分でないことには目をつぶっているのである。
では、一般的な不織布のマスクは、何のために着用することが励行されているのかと言えば、感染者が他人に感染させることを防ぐためとされているのである。しかし、一般的なマスクでは、気密性が十分に保てず、咳やくしゃみの飛沫の拡散を完全に防止することはできない。無論である。そんなに気密性の高いマスクであれば、高性能な弁がついていない限り、窒息は免れない。これが、マスク神話の実態であり、日本人の理性的行動の賜物と言われている行動原理の拠り所なのだ。
結局、一般的なマスクを着用した程度では、多少のリスク低減はできたとしても、完全に感染を抑えることはできないのだ。もしも、本気で感染症防止のためにマスクを着用するのであれば、風の谷のナウシカレベルのマスクが必要になるだろう。これからの、高温多湿な日本で、いつまでマスク生活に我慢できるのか。ましてや、熱中症などについては論外である。マスク着用を叫ぶ人は、市民がそれを日常的に着用することに耐えられるかどうか、もう少し理性的に考えるべきである。

換気の奨励という無理難題

さて、事の問題はマスクだけでは無い。新型コロナウイルス感染症対策専門家会議(以下、専門家会議)で提唱されている、換気である。確かに、屋内にウィルスが滞在している場合、換気によってその濃度を下げるというのは、ウィルスの被爆リスクを低減するという意味では有効であるが、それはあくまで屋内に単位時間あたり一定量しかウィルスが滞在していないということを前提にした対策である。これに似た議論が、放射能だ。
少し脱線することをお許しいただきたい。放射性物質が出す放射線が人体に悪影響を及ぼすことは周知の事実であるが、その放射線による被爆量が少なければ、健康に影響を及ぼさないとされており、福島第一原発事故前は、人の被爆量は年間1ミリシーベルトまでとされてきた。これは、国際放射線防護委員会(ICRP)に基づく基準で、1ミリシーベルトまでであれば確実に健康被害は無いとされていることに基づいている(胸部X線検査は1回0.06ミリシーベルト)。ところが、国は福島第一原発事故が起こった後、急にこの基準を一気に20ミリシーベルトに緩和した。根拠としては、これもICPRの基準に基づくもので、原発事故などの止む無き理由が生じた場合、20~100ミリシーベルトの間で一時的に許容するという趣旨の基に設定された値である。しかし、国の安全基準の緩和は、止む無き理由で一時的に引き上げるのではなく、恒常的に20ミリシーベルトに引き上げてしまうことを意味する。何故ならば、福島第一原発事故の放射性物質除去作業を行った後でも、年間1ミリシーベルトを一律に守ることが事実上不可能だからだ。
私が何を言いたいかと言うと、日本人の基準とは所詮その程度のものであり、科学的なエビデンスが無くても、自分の都合によって簡単に変えてしまうご都合主義であり、その判断については合理性のかけらもないということである。専門家会議で出された換気についても、一定の科学的根拠(被爆する可能性の低減)は私も認めるが、合理性においては甚だ疑問である。確かに、放射性物質であれば、空間線量を下げるために換気による濃度低減は有効かもしれないが、それは、あくまで単位時間あたりに一定量の放射性物質しか存在しない場合を前提としており、ウィルスのように感染者が室内に存在すれば放出し続けるものを前提としてはいないのである。換言すれば、換気の有効性は、崩壊した原子炉が室内に存在しないことを前提としているのだ。そのため、感染媒介物(飛沫)を出し続けるウィルス患者が室内にいることを想定するのであれば、換気によって感染を予防できるという考えは、有効性の面において合理性に乏しいと言える。勿論、1回の咳であれば換気も有効かもしれないが、感染者がどの程度の飛沫を単位時間あたりに発するのかは極めて想定が難しい問題であり、それを無視した議論は、不毛以外の何物でもない。
最近、コンピュータによるシミュレーションで、電車内の換気のメカニズムを可視化した映像がニュースなどで流れているが、感染者が発する単位時間当たりの感染媒介物(飛沫)の出量が考慮されていないのは、換気さえすれば大丈夫という換気神話を市民に植え付けたいとしか私には思えない。
それに、たとえ電車で換気が有効だったとしても、屋内の換気はどうなるのか。厚労省からは、商業者向けに換気方法について提示されているが、これもお話にならないレベルだ。

「「換気の悪い密閉空間」を改善するための換気の方法」というチラシ(※6)によれば、「ビル管理法における空気環境の調整に関する基準に適合していれば、「換気が悪い空間」には当てはまらないと考えられます」としている。換気方法としては、空調設備による機械換気か、1時間に2回以上窓を数分全開するという方法が紹介されているのみで、感染者の位置と吸排気による空気の流れによる感染リスクの具体的な対策などについては一切触れられていない。ぶっちゃけ、専門家会議に換気を奨励するように言われたからガイドラインを作りました的な、やっつけ仕事である。おまけに、「なお、「換気の悪い密閉空間」はリスク要因の一つに過ぎず、一人あたりの必要換気量を満たすだけで、感染を確実に予防できるということまで文献等で明らかになっているわけではないことに留意していただく必要があります。」と記載されており、これを見て各店舗のマネージャーが換気を考えないといけないとすると、特に飲食業の方たちには申し訳なく思う。
こんな馬鹿げた内容がまかり通るのは、やはり日本人が感染症に疎いからだろう。日本ではマラリアは確認されていないが、多くの東南アジアにおいては、現在でも多くの人がマラリアによって命を失っている。東南アジア諸国であれば、そのような、危険な病気を媒介する蚊の侵入を、新型コロナ対策のためと称した換気によって許すのであれば、どちらが危険か科学的に証明しなければ市民は納得しないだろう。
専門家会議の提言による換気は、確かにしないよりはマシだろう。しかし、換気の徹底以前に、もっと合理的なやり方が必要だと私は考えている。

接触感染について

新型コロナが流行の兆しを見せだした2~3月頃、蛍光塗料を手に塗って、モデルハウスの中をうろつきまわって、これだけ拡散しますといったテレビ映像を見た人も多いと思う。はっきり言ってこの手の映像演出は、古典的とも言える使い古されたものだ。ノロウィルスなどが流行った時も、全く同様の映像が流れていたし、この手の分かりやすい解説は、テレビ受けされることから、科学的根拠は全く無視して流布される傾向にある。以前、腸管出血性大腸菌O157が話題になった時、かいわれ大根を媒介して流行したというデマゴーグがテレビで流布されたことがあるが、この時の映像が、かいわれ大根を赤いインキで着色した水に浸け、その着色された水をかいわれ大根が吸い上げて赤く染まる映像を見せ、あたかもO157がかいわれ大根に根から吸収されてそれを食べた人に感染するという筋書きだったのだが、大腸菌のサイズを全く無視した子供だましの報道であった。ところが、多くの愚民がこの報道を信じた結果、かいわれ大根農家が猛烈な風評被害に曝され、自殺者まで出たことはあまり報道されていない。
確かに、米国の国立衛生研究所などの研究発表(2020年4月下旬発表)によれば、新型コロナウィルスの残存時間は、銅では4~8時間、段ボールでは24時間、ステンレスで48時間、プラスチックで72時間後まで残存していたとされる。そのため、接触感染が起こるとされており、ドイツでは感染経路の特定により、食堂で塩の小瓶を手渡した時に接触感染したと思われる事例が発表されている。
日本でも、横浜港に停泊したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で蔓延した時、厚労省職員が感染しているが、職員が乗船者に問診を行った時に使ったボールペンから接触感染したのではと疑われている。
しかし、蛍光塗料とウィルスでは、接触による被爆率は全く異なる話であり(もしかすると塗料以上に被爆する可能性もある)、テレビ報道の蛍光塗料を使用した接触の広がりは、かいわれ大根並みに非科学的な印象操作である。
それに、単に手でウィルスに触れたからといって、すぐに感染する訳では無い。手についたウィルスが、何等かの要因で口や目の粘膜を経由して感染するのであり、感染経路の詳細な感染メカニズムを明らかにしないのは、やはり印象操作の誹りを免れないだろう。
こういった印象報道が繰り返された結果、アルコールスプレー類の欠乏や高騰を招き、自粛警察の横行にも繋がったと私は考えている。

ダイヤモンド・プリンセスで世界をリードし損ねた日本政府

前述の「ダイヤモンド・プリンセス」の件だが、厚労省職員が感染した経路は未だに判明していない。そればかりか、クルーズ船内で新型コロナが蔓延したことは、最早遠い過去のように思われているのではないだろうか。
しかし、「ダイヤモンド・プリンセス」の一件は、世界的にも注目されており、多くの学者が研究対象としている。と言うのも、新型コロナウィルスがどの程度の感染力を持っているのかを研究するにあたり、人の出入りが極めて限定的な閉鎖空間であるクルーズ船は、不確定要素が少なく正確な数値を導き出せるからだ。この点においても、日本政府は大失態を犯している。明らかな自覚症状がある乗船者以外に、PCR検査を行わなかったことである。
クルーズ船のような閉鎖空間であれば、無症状者を含めた感染者数とその行動について、かなり細かく把握することが可能であり、感染率や感染メカニズムの解明に大きく貢献することができる。そのため、乗船者全員のPCR検査は必至であり、しかもそれを複数回かつ定期的に行うことがベストだったのだ。そうすることで、日本は新型コロナウィルス感染症について、疫学調査の面でも世界的に貢献できたはずなのに、14日間無症状の人は感染していないという一点張りで、PCR検査もせずに帰宅させてしまったことで、その機会を永遠に失ってしまった。この件に関して、世界から日本政府が非難されているかどうか私は知らないが、日本が先進国だと言うのであれば非難されてしかるべき事件だと言える。
ミスはそれだけではない。思い出してほしいのだが、あの当時、WHOが新型コロナの潜伏期間を14日程度と発表したことを受け、日本政府は、乗客の中で無症状者を下船させてホテルなどに14日間隔離する措置を行った。その後無症状者はそのまま帰宅させてしまった訳だが、その当時から感染していても無症状あるいは軽症で気が付かない患者がいる可能性は指摘されていた。実際に、帰宅してから発症した乗客も複数名いた訳で、そもそもの隔離政策としても重大なミスがあったと言わざるを得ない。
日本は、SARSやMARSの時に感染者を出さなかったのだから、経験が無くて仕方が無かったなどと言う言い訳も、戯言に過ぎない。そもそも、特措法の元となった新型インフルエンザ等対策特別措置法が2012年に成立した時にも、PCRを含む検査体制の充実、医療従事者や医療物資の確保などが謳われており、これらが正常に機能していれば、十分に対応可能だったはずである。しかし、蓋を開けてみれば、船内での汚染区域(レッドゾーン)と清浄区域(グリーンゾーン)の区分けすらおぼつかず、極めて杜撰な管理に終始していたことは明らかで(だから厚労省職員が感染した)、とても2012年以来8年もかけて体制作りが行われたとは思えない状態である。
事は新型インフルエンザの時だけではない。2018年2月から3月にかけて、WHOと専門家のジョイントチームが、国際保健規則(International Health Regulations)が規定する感染症危機管理が日本で十分か、評価に来ているのだ。そこで日本は以下の指摘を受けている。
  • 日本にはフルタイムのスタッフを持つエマージェンシー・オペレーション・センターが存在しない
  • リスクコミュニケーション体制が非常に脆弱
  • 省庁間を横断するようなコーディネーションのメカニズムが十分ではない
  • 各都道府県にFETP(実地疫学専門家)の中心となるような人がいない
これらは、PCR検査のキャパシティよりも、はるかに重要なことだ。「本来あるべきものがない中で、我々は対策を考えなければならなかった」と押谷教授は語っている。私は、この一件を知った時、福島第一原発事故の前に津波によるリスクを指摘されていてそれを放置した件を思い出してしまった。事は繰り返されるのである。
さて、こんな何も無い状態で、「ダイヤモンド・プリンセス」の一件に対応したのだから、厚労省の無策ぶりには恐れ入る。たまたま、新型コロナが致死率の比較的低い感染症だから良かったかもしれないが、これがエボラ出血熱のような致死率50~90%以上の感染症だったらと思うと、背筋が寒くなるのを覚えるのは私だけではないはずだ。

安倍政権にいいように使われた専門家会議

6月24日に「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」(以下、専門家会議)の記者発表が行われている最中、記者から西村大臣が解散宣言を出したと記者から質問された時、尾身茂副座長が「えっ?もう一回言って」と混乱していたのをテレビで見た方も多いだろう。
専門家会議は、具体的な新型コロナ対策を政府が行うにあたって、医学的・疫学的な見地から助言を行うための会議だった。2月14日に発足した当初は、武漢を震源地として中国全土への広がりを見せており、一方で北海道で多数の感染者が確認されつつあった時期でもある。その後、3月上旬に大阪のライブハウス等でクラスターが発生し、感染拡大が見られた。これに対しては、厚労省内に設置されたクラスター対策班(専門家会議とは別組織)に所属する押谷仁東北大教授らが必至でリンクを追いながら封じ込め作戦を展開していた。これは、一定程度の成果を上げたが、軽症者や無症状者からの感染拡大など、既にクラスター対策だけでは不十分なことが判っていた。
実は、SARSの時と大きく異なるのが、この軽症者(つまりは自分が新型コロナ感染者だと認識していない人)や無症状者が新型コロナでは多数いるという点なのだ。SARSは、殆ど全ての感染者が重症化するため、発見が容易で、リンクが追いやすかったのだ。しかし、軽症者や無症状者から感染する新型コロナは、見えないリンクが発生し、クラスター対策の目から逃れてしまうため、結果として市中感染が広まるリスクが高い。既に北海道での感染拡大で、西浦北海道大学教授はこのことを確認しており、一旦拡大が広まると、止めることができなくなる危険性を理解していたのだ。
このことを、問題視していた専門家会議は、実効再生産数(1人が何人に感染させるか)と、それに基づく感染拡大の危険性を提言していく。各メディアでも紹介された、何の対策も行わなかった場合の指数関数的な感染拡大のグラフが初めて発表されたのが、3月2日の専門家会議である(※7)。

出典:厚生労働省

話は前後するが、安倍首相は、2月27日に全国すべての小中高、特別支援学校を対象に3月2日から春休みまで臨時休校を行うよう要請すると発表した。この件については、専門家会議には全く諮られておらず、首相官邸側から出た完全な勇み足だった。ダイヤモンドプリンセスの問題や、特に中国からの入国規制が習近平国家主席の来日問題で進まなかったことに対する批判に、安倍首相が晒されていたため、何とかそれを挽回しようと考えたのだろう。ところが、突然の休校要請で市民は更に混乱したため、かえって批判が高まってしまった。特に、専門家に意見も聞かず、首相の独断で行われた休校要請は、その有効性が大いに疑問視された。この一件以来、アベノマスクを除いて、常に専門家会議の意見として施策を発表していくことになる。要するに、責任を専門家会議に丸投げしたのだ。
一方の専門家会議は、3月以降の全国に広がりを見せている感染拡大状況に、大きな危機感を抱いており、クラスター対策以外の対応を提言していく。3月19日には、所謂3密を避けるよう提言されており、4月1日には更なる国民の行動変容を促す提言が為されている。
また、増加の一途を辿る感染者に対し、PCR検査数には限界があるため、体温37.5度以上が4日以上続くなどの目安を示した。これと並行してPCR検査の拡充を提言していたが、遅々として進まなかったことは皆さんご存じの通りである。
そして、ついに緊急事態宣言が、4月7日に東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県、16日には全国へ発令されることになる。連日、新規感染者数が報道され、接触者8割削減が喧伝され、自粛警察が横行することになる。政府は、アベノマスクや制限付き1家族30万円の給付金(その後一律10万に変更)、事業者向けの持続化給付金、資金繰り支援など、様々な政策を打ち出すが、全てが遅く、場当たり的な対応に批判が集中。国会でも、政府の対策に批判が殺到するが、専門家会議を弾除けにして狡猾に避けるようになった。逆に専門家会議は、尾身茂副座長が矢面に立って記者会見に対応し、政府の新型コロナ対策を代弁するような形になっていく。これは、無理からぬことで、国会で首相が「専門家会議によると・・」のような発言が頻発したため、結局キーマンは尾身副座長とマスコミ側も認識してしまったからだ。明らかに、首相と政府のミスリードである。
だいたい、専門家会議の専門家とは、感染症に対する医学・疫学面のプロフェッショナルであり、経済の専門家ではない。本来、このような組織は、米国のCDC(疾病予防管理センター)のように、政府から独立した組織でなければならない。でなければ、政府への忖度が働き、科学的な見地からの提言ができなくなるからだ。元々、日本人にはそのような発想が無く、何か問題があれば専門家を集めて意見を諮るということを、これまでも繰り返してきたわけだが、政府内に作られるこのような会議体に十分な独立性が無く問題視されているのは、旧原子力安全・保安委員(経産省)や原子力規制委員会(環境省)などでも明らかだ。首相並びに政府は、専門家会議メンバーの一刻も早く感染症を抑えたいと言う善意を利用し、政策判断まで任せてしまうのである。
しかし、緊急事態宣言による経済的な打撃が明らかになるに従って、新型コロナとの長期戦をどう戦っていくか、つまりは経済か感染症対策かということが表面化した時点で、手のひらを反すのである。中途半端な経済保証しかしなかった政府に対して非難が集中したため、専門家会議が経済に疎いと、その責任を押し付けるような形で、冒頭に述べた通り専門家会議を解散したのである。
最後に、5月25日に内閣官房から発表された、緊急事態の解除宣言を紹介しておこう。

新型コロナウイルス感染症緊急事態解除宣言

新型インフルエンザ等対策特別措置法(平成 24 年法律第 31 号)第 32 条第1項の規定に基づき、令和2年4月7日、新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言をしたところであるが、緊急事態措置を実施する必要がなくなったと認めるため、同条第5項の規定に基づき、5月 25 日、緊急事態が終了した旨を宣言した。

結局、何の根拠も示されず緊急事態宣言は解除されたのである。

新型コロナウイルス感染症対策分科会

西村大臣による一方的な解散宣言で幕を閉じた専門家会議であるが、新たに「新型コロナウイルス感染症対策分科会」(以下、分科会)なる物が設けられた。会長は、専門家会議の会見で恥をかかされた尾身茂氏だ。7月6日に初会合が開かれたわけだが、その中身は、今更感のある緊張感の感じられない物だった。

現状分析について、西村大臣は「医療提供体制はひっ迫していない。検査体制も整備されてきた。緊急事態宣言を発出した4月上旬と状況は異なるとの共通認識を得た」としている。これに基づき、イベントの開催についても、予定通り7月10日から段階的に緩和することも了承している。
一方、感染者が増加している東京都については、新宿や池袋など、夜の繁華街を中心に感染が拡大しており、感染者も20~30代が多いと認識。PCR検査の実施件数も2160件と、4月7日の271件と比べ、大きく増加しているため、単純に新規感染者数の数だけでは比べられないとしている。ただ、感染経路不明者が一定数いることや、中高年層も増加しつつあるとし、これを踏まえて、「危機感を共有した」という。
分科会がそもそも開かれているのは、危機意識があるから開かれているのであって、この程度の危機感の共有レベルであれば、メールレベルで済むだろう。あまりの温度差に、私はいら立ちを覚える。
一方で、検査体制の拡充についても議論があった。尾身会長からは、「検査の拡充に向けた基本的戦略については十分議論されていなかった」との振り返りがあり、新たに、場所や人に応じて感染リスクを3つのカテゴリーで分類し、検査の拡充を図るという。具体的には、①自覚症状のある方はPCR検査を行う、②感染者との濃厚接触者、クラスター関係者には全員のPCR検査を行う、③経済活動や文化活動を行うための検査を新たに検討するとしている。
①については本来当たり前のことで、PCR検査数がひっ迫していた3月頃であれば仕方が無いが、今更それを言うかという感がある。体温37.5度4日間の目安に引っかかって、多くの方がPCR検査を受けられなかったことを皆さんも記憶しているだろう。話はそれるが、5月8日に「37.5度4日間は目安であって基準ではない。これが基準とされたことは誤解だ。」と加藤勝信厚生労働大臣が発言し、物議を醸しだした。
目安と基準は同義語ですが?
全く、こんなバカを大臣にする前に、国会は、大臣試験として基礎学力テストを課すべきだ。まあ、そんなことをしたら、殆どの国会議員は大臣になれないだろうが。大体、大臣になる資質が無い人間が大臣になっているのが多すぎる。菅原一秀経産大臣や河井克行法務大臣など、挙げればキリがない。
②については、PCR検査数に余裕が出てきた6月以降はある程度実行されているが、まだまだ十分ではない。7月10日現在の1日のPCR最大検査可能数は31,653件/日と(※8)、3月頃の3,000~4,000件程度から比べれば10倍に増えてはいるが、ドイツの約16万件に比べればまだまだ少ない。もっと検査体制を強化し、感染が確認された人の接触者全員だけでなく、更にその先の接触者の接触者ぐらいまで徹底してやることで、ようやくクラスターを抑え込むことができるだろう。直近の7月6~10日の検査数を見ると、7,099~8,955件とまだまだ空きがある状況であるから、もっと徹底的にやるべきだ。
③がこれからの経済活動と感染症対策の両輪を回すために最も重要な対策である。経済活動や文化活動を行うための検査とは、つまり、普段外出して働く方や、舞台やコンサートなど、密にならざるを得ない現場で活動する方が、安全に活動するために検査を行うということだ。私は、これをもっと拡大して、全市民に一定の期間でPCR検査を行い、陽性者を隔離することが最も重要だと考えている。現在、市民が新型コロナに対して不安に思うのは、どこで感染するか分からず、自分が感染しているかも分からないからだ。これに対して、健康診断のように、定期的にPCR検査(またはそれに類する検査)すれば、かなりの精度で感染者をキャッチアップできるだろう。偽陰性(陽性なのに陰性と出る)や偽陽性(陰性なのに陽性と出る)の問題はあるだろうが、少なくとも陽性と出た人には、一旦自宅待機などとして、再検査して陽性か確認するなどで、リカバー可能である。隔離の面については後述するが、人権的な問題をクリアする方法はいくらでもあるはずだ。
このように、定期的なPCR検査を行えば、おのずと新型コロナを抑え込むことができるし、市民も安心して生活することができるのだ。また、そこまでPCR検査を増やせない現状であれば、新宿や池袋などの一定区画に限って、そこの在住市民とその区画に日常的に通う市民の全員検査を行えば、クラスターも含めて速やかに感染者をキャッチアップできるはずだ。
いずれにせよ、こんな議論は、もっと早くやっておくべきであり、ようやくここまで来たかという対応の遅さに辟易する。

分科会は本当に機能するのか

今回の分科会は、専門家会議の反省を踏まえて経済の専門家もメンバーに加えたとしている。私は、既に述べたように感染症の専門家はその立場で正論を述べるべきで、色んな専門家をごちゃまぜにして議論すべきでないと考えている。立場の違う専門家同士が意見を出し合っても、議論が深まらず、結局総花的な提言になることが想定される。
メンバーには、尾身氏を始めとする医療・感染症の専門家が引き続き入っているのに加え、大竹文雄大阪大学院教授のような経済学の専門家も入っている。大竹先生は経済学の専門ではあるが、統計学に通じた数字に強い専門家でもある。感染者の詳細なデータなどがあれば、統計学的な見地からも様々な分析は可能であろうが、大竹先生が十分に分析できるような、しっかりとしたエビデンスに基づいた数字を厚労省が用意できるか甚だ疑問だ。むしろ、厚労省は、都合の悪いデータは個人情報などを盾にとって出さない可能性すらある。
そんな分科会ではあるが、私も驚いたことがある。分科会内に、新型コロナウイルス対策の効果を検証する有識者会議なるものが設けられたのであるが、山中伸弥京都大教授がそのメンバーに選ばれたのだ。厚労省は、先日iPS細胞を予めストックしておくための事業に対していきなり2020年度で補助金を打ち切ると言ってきた相手であり、山中教授にとっては遺恨のある相手だ。しかし、山中教授は今回の申し出を快諾したと言う。私のような下世話な人間には、到底できない話だ。
7月1日には初会合が行われ、西村大臣は「今後、想定される第2波に備えて、今回の経験や新たな知見を踏まえ、日本の英知や技術力を結集させて対策を進化させたい」と述べ、協力を要請したらしい。政府は、最新のスーパーコンピューター「富岳」やAIを使った飛沫の拡散シミュレーションを行う予定で、山中教授らには、こうした結果も参考に対策の効果を分析してもらうのだそうだが、私には、国民的な人気の高い山中教授を政府が利用しようとしているとしか思えない。

「義を見てせざるは勇無きなり」

孔子の言葉であるが、将に山中教授の心境は、この言葉通りであったと推察する。山中教授はコロナ禍の早い段階から、自らWEBサイトを立ち上げ、世界中のコロナ関連の報道や論文にコメントを付けて発信していた。感染症の専門家では無いとしながらも、一流のサイエンティストとして、今回の騒動を看過できなかったに違いない。
しかし、私は敢えて言いたい。山中教授のような世界トップの英知を、コロナ禍によって惑わすようなことは、本来あってはならないことであると。ましては、国民の人気取りだけのために安倍政権に利用されたのではたまらない。

マスクと換気とソーシャルディスタンスが及ぼす社会的影響

ここまでマスクをこきおろしておいて何だが、私も不特定多数と接触する場面でのマスクの有用性は認める。感染者がどこにいるか判らない現状の社会状態では、マスクで多少なりともリスク低減するのは、後ろから突然銃で撃たれても大丈夫なように、防弾チョッキを着るようなものだ。
しかし、マスクも換気も、何故私がここまで否定的なことを言うかというと、社会活動を本格的に再開するにあたっては、無理があるからである。
夜の街として槍玉にあがる、キャバクラやホストも、全員マスクを着けてアクリル板越しに接待されても、ちっとも楽しくないだろう。これがwithコロナだから仕方がないという人は、1人で無人島にでも住めばよい。
私の娘は、現在東京都内の中学校に通っているが、換気のために窓が全て開け放たれているという。外側の窓だけでなく、廊下側の窓もである。そのため、エアコンをつけていても、両サイドの学生は暑くて授業に集中できないらしい。当たり前である。
電車の窓も換気のため開けられているが、これから本格的な夏になってもこれを続けるつもりなのだろうか。台風などの暴風雨の中でも、窓を開け続けるつもりなのだろうか。こんな些細なことでも、少し考えれば換気対策がいかに馬鹿げており、ご都合主義であるかは判るはずなのに、事なかれ主義の電鉄会社は「新型コロナウィルス感染予防のため窓を開けております。皆様にはご不便をおかけいたし申し訳ございません」などと、形だけの謝罪を車内放送で繰り返している。
結局、乗客は、マスクをして、換気でQOL(クオリティオブライフ:生活の質)を下げてまで、じっと我慢して電車に乗ることを強要されているのだ。そして、テレビ報道では、最近マスクをしていない人がいるなどとして不安を助長され、自粛警察が車内でマスクをしていない人や喋っている人を非難する事件も起こっている。
自粛警察の件を持ち出すまでもなく、日本人は非常に同調圧力の強い民族である。恥とか空気を読むなど言うが、とどのつまり出る杭を打ち、他人と同じであることを強要し、同一集団に属することで身の安全を図っているに過ぎない。
話はそれるが、オリンピック誘致時のキャッチフレーズにもなった「お・も・て・な・し」の真の意味を知る日本人は、少ないように思う。太平洋戦争当時、米国政府は日本の民族的特性を戦略に生かすため、一人の文化人類学者に研究を依頼した。ルース・ベネディクトである。彼女は、来日したことは無く、日本に関する文献と、収容所生活を余儀なくされていた日系移民を観察することで研究を重ね、戦後「菊と刀」という一冊の本を出版した。日本でも、和訳され講談社学術文庫から出版されているので、興味のある方は読んでいただきたいが、その中で特に「恥」という概念について詳細に分析されている。彼女は、「恥」とは社会的な失態を犯すことに対する恐怖心の現れとして定義している。日本人は、「恥」をかくような行動をすることで他人から非難されるのを恐れており、恥をかかないように他人を「おもてなし」するのであり、利己的であると論じている。私は、彼女の理論を盲目的に正しいと言うつもりは無いが、コロナ禍における自粛警察を見て、どれだけの日本人が彼女の理論に反論できるだろか。
そして、ソーシャルディスタンス(フィジカルディスタンス)である。他人と1.5~2mの距離を保つことで、新型コロナの感染リスクを下げようというのがこの理論だ。これは、飛沫感染を前提とした考えで、感染者(特に無症状)が出した飛沫を距離をとることで被爆リスクを下げるということだ。実効性はそれなりにあるだろうが、このソーシャルディスタンスが、心理的には人を一番追い込んでいる。マスクの有無以上に、人との距離をとれと言うのは、当然裏返しとして近づいてくる人に対する恐怖心が生まれる。スーパーなどで、行きかう時に距離が取れず、嫌な顔をされた方もいると思うが、この距離をとるという方策は、人を完全に疑心暗鬼にするもので、感染症対策としては正しくても、社会活動としては全く正しくない。
また、このソーシャルディスタンスを基本とするがため、まともな経済活動ができない事態となっている。緊急事態宣言の解除に伴い、飲食店などの営業再開が進んでいるが、withコロナのおかげで、店内でソーシャルディスタンスをとることを余儀なくされている。これを恒常化することができると、政府は本気で考えているとすれば、経済を全く理解していないと言わざるを得ない。当たり前である、飲食店とは、地価(家賃)、光熱費、人件費、原価という支出を、単位面積当たりの客数と回転率によって出た利益で賄うというのがビジネスモデルだからだ。特に、地価と人件費が店の経営に与える影響は大きく、だからこそ山手線圏内に回転ずしが無いのだ(最近は実験的に店舗を出している回転ずしもあるが)。客単価を低く抑えて、多くの客を集めてグロスで利益を出すビジネスモデルの回転ずしは、それなりに店舗面積が必要なため、地価の高い山手線圏内などには店舗を出せないのだ。このように、地価は飲食業ビジネスに大きな影響を与えるのであり、だからこそ、客単価の高い高級レストランは、テーブル間に余裕があり、ゆったりと食事を楽しめ、客単価の低い居酒屋は、店内はぎゅうぎゅうで、騒がしく、金曜日などは時間制限されたりするのである。
これを、ソーシャルディスタンスを保つとどうなるかは、最早火を見るより明らかであり、客単価1万円を超える居酒屋に誰が行くと言うのだろう。これを1年ほども続ければ、飲食店は激減し、商業地区の地価は大幅に低下、タワーマンションなど含め高騰した品川・大手町などの駅前再開発地域も、地価が暴落してバブル崩壊時のような大恐慌になるだろう。
これは、別に飲食店だけではない。映画館、コンサートホール、ライブハウス、野球やサッカーなどの観戦施設など、そもそも大量の客を入れることで成立していたビジネスモデルが全て崩壊するのだ。
以上、withコロナが、いかに現実的でないかご理解いただけたと思うが、私が気に入らないことが合理性・有効性以外に、もう一つある。withコロナは、市民の努力にかかっており、政府の具体的な対策としては何も行われていないことである。まさか、安倍のマスクを配ったから、マスク対策は政府としても行ったと言うほど、政府もバカではあるまい。
しかし、結局は、マスクと換気によって著しくQOLが低下した日常を市民に強いる施策を、国民へのお願いという形で巧妙に誤魔化して強要するだけで、他に何の施策も打てていないのが実情だ。
ちなみに政府は、業界別にものすごい量の感染拡大予防と称するガイドラインを設けているが、各ガイドラインは読むのもバカらしくなるぐらい曖昧で分かりにくく、とてもガイドラインと呼べる代物ではない(※9)。こんなゴミくずを毎日作り続けるのが各省庁の仕事かと思うと、税金を払うのが嫌になる。
このような実態に、将に絶望を覚えるのは私だけではあるまい。

既に現実となっているコロナ差別

何より市民の自主的な行動任せのwithコロナが最悪なのは、コロナ差別を生むことだ。既に、新型コロナに感染したことを理由に会社をクビになった人が出始めている。withコロナは、3密対策に見られるように自らの行動を変えることで感染対策を行おうというのが趣旨であるため、感染した人はそのルールを守れなかったということになってしまう。しかし、実際、ウィルスは人を選んで感染する訳では無いから、どれだけ気を付けていても、感染してしまうのだ。にも係わらず、withコロナによって、コロナに罹ったら、自己管理ができない人間、だらしない人間というレッテルが貼られてしまう。これはもう、疑心暗鬼以上に最悪の状況で、withコロナが感染者と非感染者の対立構造を生んでしまうということに、なぜ意識が及ばないのか、為政者の共感性と想像力の無さに絶望する。
コロナに罹ったことを理由に差別するのは、バカを通り越して、人間としてやってはいけないことだ。しかし、大多数の人は、おそらくコロナ感染者=自己責任という意識を既にもっているだろう。繰り返すが、ウィルスは人を選んで感染しない。マスクをしていようが、ソーシャルディスタンスを守っていようが、感染する時には感染するのだ。だから、経路不明の人が大量に出るのである。だからこそ、コロナに罹ったら、地震や洪水などの震災に遭ったのと同じで「気の毒」に思わなければならない。感染者を非難したり差別したりすることは、絶対にあってはならないのだ。
このまま、withコロナを進めていくと、入社時に抗体検査を行って既感染者=自己管理できない・意識の低い人間というレッテルを貼って排除することになりかねない。或いは、感染したら会社の中での評価や昇進に影響を及ぼすようになることも考えられる。そうなったら、最早だれも感染しても病院に行かないだろう。或いは、感染していても会社に行くだろう。差別され、自分のキャリアに傷がつくと思えば、そのような行動に出るのは当然だ。そうなれば、爆発的に感染が拡大するのは目に見えている。
そんなバカなと言うかもしれないが、日本人の同調圧力と自己責任意識は、こういった差別をこれまでにも散々生んできたのだ。未だに何か事が起こると、多くの風評被害を生み出してきたのはその証左である。事実、福島第一原発事故で避難した家族が、学校などで放射能がうつるなどという非科学的ないじめに遭っている。はっきり言おう、日本人なんて所詮この程度の低レベルな民族なのだ。

経済優先 対 感染症対策優先

緊急事態宣言を解除して以来、経済優先ということが西村大臣を始めとする政府関係者や、一部有識者などから言われるようになった。
極めつけは、西村大臣の7月3日の発言である。

もう誰も、ああいう緊急事態宣言とかやりたくないですよ。
休業も皆で休業をやりたくないでしょ。
だから感染防止策を今から、しっかりと取ってですね。
これ、皆が努力をしないと、このウイルスには勝てません。

この発言に対して、ネットなども含め「政府の無策の結果を全部国民に押し付けるのか」という批判が爆発した。勿論、この発言は論外だが、実際にはこの言葉が今の政府や東京都行政の声を反映していると言えるだろう。緊急事態宣言による、8割減の外出自粛によって、経済が停滞し、莫大な保証金(と言っても諸外国に比べれば僅かな)を支払ったにも係わらず、内閣支持率が低下、都知事の対応にも不満が噴出したからだ(しかし小池氏が都知事選で再選してしまったが)。
特に経済の停滞は深刻で、日本の主力産業である自動車を例に見ると、4月の新車販売台数は前年同月比25.5%減、軽自動車は33.5%減となった。更に5月では、前年同月比40.2%減、軽自動車は52.7%減と更に減少、6月でようやく前年同月比26.0%減、軽自動車は17.3%減に持ち直した(いずれも速報値)。
しかし、海外に目を転じれば、世界的に販売台数が下落しており、日本の自動車メーカーも大打撃を受けている。実際に、3月23日にロックダウンされたイギリスでは、乗用車の販売台数前年度比で、3月-44.4%、4月-97.3、5月-89.0%(いずれも速報値)と、特にロックダウン後の90%を超える落ち込みは、ロックダウンの激しさを物語っている。都市によって新型コロナの影響が異なるアメリカでも、3月-46.1%、4月-57.3%、5月-43.5%(いずれも速報値)で、これに比べれば日本はまだマシなぐらいだ。
失業率も増加の一途を辿っている。2020年の総務省統計局による完全失業率を見ると以下の通りである(※10)。

2月 2.4%
3月 2.5%
4月 2.6%
5月 2.9%

2019年の年間平均が2.4%であるから、既に0.5ポイント上回っており、この値は更に悪化することは確実だろう。
このような状況を見れば、経済の再開は喫緊の課題であり、安倍政権を延命するためにもとにかく経済を優先となるのは、正しいかどうかは別として、政府としては当然の施策だろう。
では、経済を動かす前提となる、西村大臣の言う感染防止策とは何か。今まで散々書いてきたwithコロナである。更に加えればGoToトラブルキャンペーンだ。こんな馬鹿げた施策で、経済が元に戻ると思っているとしたら、自民党も政府も頭の中が新型コロナに侵されているとしか思えない。
では、このままwithコロナを無視して経済活動が再開できるかと言えば、7月9日から連日東京で新規感染者200人オーバーを記録している現状を考えれば、どう考えても無理である。マスクさえしていれば、ソーシャルディスタンスは不要、多少感染するのは仕方が無いとの発言を繰り返している宮沢京大ウイルス・再生医科学研究所准教授のような人もいるが、まあ、この言葉を市民がどれぐらい信頼するかという話だ。むしろ、新型コロナに感染するよりも、自粛警察を恐れている多くの市民は、マスクをしただけでOKと言われても満員御礼の映画館には行きたがらないだろう。結局、こんな子供だましでは、経済活動を元に戻すことなど到底不可能なのだ。

無策のまま経済を再開するのは医療従事者を踏みにじる行為

7月に入ってからの、全国でも増加を見せている新規感染者数に対し、多くの医療関係者、臨床医の先生方は、警鐘を鳴らしているが、将にその通りである。医療現場からすれば、1人でも患者を減らしたいのだから、とにかく感染しないように最大限の努力をしてほしいと願うのは当然のことである。だから、少しでも感染率を下げるために、マスクと手洗い・換気と、ソーシャルディスタンスの徹底なのだ。前述の内容と相反することを書くようで恐縮だが、医療現場からすれば、これは当然である。
5月末に緊急事態宣言を解除してから、無策のままで1ヶ月放置した結果、6月末から感染増加が再開しているのは事実である。詳細は省くが、PCR検査が4月当初の10倍だから200人ぐらい出ても大丈夫というのは何の根拠もない。付け加えれば、クラスター対策の結果だと言うのも、経路不明者が日々増加していることから全くのデタラメに過ぎない。重要なことは、増加傾向が確実に見られると言う事実と、このままで行けば病床がひっ迫するという現実なのだ。そして、病床がひっ迫すれば、十分な医療が行えず、死亡者数が増加する。現に、パンデミックが起こった都市で死亡率が10%を超えているのは事実であり、その多くの死者を看取るのが、医療従事者なのだ。実際、WHOの調査では、中国の医療従事者の約半数がうつ症状を訴えているなど、世界的な問題となっており、日本でも、4~5月に行ったアンケート調査の結果27.9%にうつ症状が見られた(日本赤十字医療センター調べ)とのことである(※11)。
そもそも、日本の人口当たりの医療従事者数は、欧米諸国に比べて圧倒的に少ない。人口1,000人あたりのベッド数は14.0とOECD平均の3.7を上回っているが、1000病床あたりの医師数は14.9人とOECD平均の65.6人を大きく下回っているのである。簡単に言えば箱物行政の成れの果てである。病院を作る補助金は出すが、医師を増やす努力はしなかったのだ(尤も、日本医師会側にも問題があるがここでは触れない)。こんな状態で、第2波が来たらどうなるかは火を見るよりも明らかだ。ましてや、医療現場は第1波で疲弊しており、新型コロナ患者を受け入れた病院で赤字が続出している。厚労省は、医療従事者給付金と称して1人あたり最大20万円のバラマキを行っているが、そんな程度で病院の赤字が賄えるはずがない。それに、うつになって戦い続けた医療関係者が、たった20万で復帰するとも到底思えない。家族の安全・安心を考えれば、そんなはした金で命を削るぐらいなら、辞めたほうがマシと思うだろう。
この現状で、まだ問題ないと言い続けている為政者は、本気で医療従事者のことを考えいていない証拠だ。本当に、戦場のようになった4月の医療現場のことを考えれば、2度とこれを繰り返さないためには、経済活動を再開する前に、論理的・科学的な対策が必要だとなるはずである。GoToトラブルキャンペーンで、東京都発の感染者が全国に広がったらと、医療従事者が危惧するのは至極当然である。

経済か感染症対策か

現在、経済優先派と感染症対策優先派で議論が分かれている。経済優先派は、このままだと失業者が増加し経済苦で自殺者が増加すると言う。一方、感染症対策優先派は、多少経済に悪影響があっても感染症を防止するのが優先だと言う。私はどちらも正しく、どちらも間違っていると思う。
そもそも、感染症に限らないが、このような社会問題には明快な答えは無いのだ。経済を優先して、普通のマスク程度で3密を許容すれば、確実に感染者は増加し、それに伴う医療コストの増大、死亡率の上昇は避けられない。一方で、感染症対策を優先すれば、まともな商業活動は成立せず、飲食業だけでなく、スポーツ、音楽、芸能、映画など1次被害だけでも膨大な額となり、それが数年続けば地価やマクロ経済にまで大きな影響を及ぼすことは避けられない。そのため、よくある話だが、こういった2派が議論しても着地点は見出せず、永遠と平行線になる。
これを解決する方法が1つだけある。徹底したPCR検査と隔離である。まず、ここで、新型コロナの特徴を改めて見直してみる。

【新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の特徴】
  • この感染症の原因は新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)によって引き起こされる
  • 飛沫感染または接触感染である
  • 感染力は具体的には不明だが、今の所高いと想定される。
  • 感染経路は、口腔・鼻腔・目の粘膜である
  • ウィルスの残存時間は、銅では4~8時間、段ボールでは24時間、ステンレスで48時間、プラスチックで72時間後まで残存する
  • SARS-CoV-2はエンベロープ(脂質性の膜)に覆われたウィルス(エンベロープウィルス)であるため、アルコール消毒、または石鹸・洗剤による手洗いが有効(脂質膜をアルコールや石鹸・洗剤で破壊することで不活性化できる)
  • 紫外線によって不活性化する
  • 潜伏期間は14日間程度である
  • 無症状者、軽症者、中等症者、重傷者に分かれる
  • 罹患者は味覚障害や嗅覚障害が起こる場合がる。
  • 60歳以上の高齢者、または糖尿病などの基礎疾患がある場合は重症化リスクが高まる
  • 20~30代でも重症化する患者がいる
  • 致死率は、日本では約5%だが、海外では10%を超える場合もある
  • 日本のインフルエンザ致死率は0.02~0.05%であり、新型コロナはその100倍以上の致死率である。

経済優先派は、高齢者にさえ罹患しなければ、致死率は低く、他の病気と同程度の対策(つまりはマスクと手洗い)で大丈夫だと言う。特に、欧米に比べてアジア圏では致死率が低く、新型コロナをそこまで恐れる必要は無いとしている。確かに、交差免疫という医学的効果が確認されており、新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)とよく似たコロナウィルス(つまりは風邪)に罹患したことのある人は、コロナに対する免疫を持っており、それによってSARS-CoV-2を抑えることができるというのである。この研究結果は、無症状者がいるということとも符合するし、その可能性は高いと思う。それでも、インフルエンザの致死率に比べれば2桁高い訳で、放置しておいて良いと言われても誰も納得しないだろう。
市民は、このインフルエンザよりはるかに高い致死率のウィルスを不気味に感じており、だからこそ自粛警察の横行にもつながっている。この状況を変えるためには、徹底的なPCR検査を行い、市民全員の安全性を担保するしか方法は無い。

ワクチンは決定的な一打となるか

一番の対策は、ワクチンと言われている。但し、これに対しても経済優先派からは、疑問の声が出ている。ワクチン開発には時間がかかり、時に2~3年を要するからだ。ワクチンとは、毒性の低いSARS-CoV-2と同等のウィルスを体内に注入し抗体を作り出すことで、感染しないようにするのであるが、毒性が十分に低いかという安全性を確かめなければならない。この、安全性確認のための治験に時間がかかるので、そんなものは待っていられないというのだ。また、インフルエンザにも見られるように、ワクチンが完成しても、SARS-CoV-2が突然変異してしまうと、抗体が効かなくなるので無駄になるというのだ。これは、未だにインフルエンザの予防接種では防げないことからも理解できる。実際、有史以来、ワクチンによって完全に地上から消滅させることができたのは天然痘ウィルス(Variola virus)だけである。だから、ワクチンができても大丈夫と言う訳ではなく、完全に撲滅などできないのだから、適当に罹患しながらやっていくしかないと言うのが経済優先派の理論である。
しかし、この理論には決定的な落とし穴がある。突然変異により、より毒性の強いウィルスに変化しないと言うことは否定できないのである。もし仮に、SARS-CoV-2の致死率が50%に上がったら、経済優先派はそれでも罹患しても仕方が無いと言うのだろうか。致死率50~90%と言われるエボラ出血熱が、極めて限定的な地域に限られているのは、発症速度と致死に至るまでの速度が速いからだ。簡単に言ってしまうと、エボラ出血熱は、非常に感染力が高く致死率も高いが、幸いにして、潜伏期間が短く、他人にうつす前に感染者が発症して死亡してしまう、つまりは他人にうつす前に死んでしまうから世界的に流行していないのだ。SARS-CoV-2がやっかいなのが、潜伏期間が約2週間と長く、無症状あるいは症状を発する前にも他人に感染させてしまうことである。潜伏期間が数日であるインフルエンザであれば、その間に接触する人も限られるが、2週間となるとかなりの接触者になることは明らかで、だからこそ西浦教授や押谷教授を始めとするクラスター班は、2月から4月初旬に大変苦労したのだ。
もし仮に、この潜伏期間が長く、最初は無症状の患者もいるという特性そのままに、1カ月後の致死率が50%というウィルスに突然変異したら、もうナウシカのようなディストピアになることは避けようがない。だからこそ、決定的な突然変異が起こる前に、検査と隔離により、そのリスクを少しでも減らしておく必要があると私は考えている。

PCR検査体制を確立することで経済を回す

市民全員へのPCR検査をと私が主張するのは、それによって安全と安心が手に入るからだ。自分が感染しているかも判らず、家に帰ることを躊躇する医療従事者、人の目を気にして帰省すらできない学生、自粛警察に怯えながら仕事の都合で県をまたいだ移動を余儀なくされる事業者。挙げればキリがないが、検査体制が確立さえすれば、全ての市民が安心してこれらの活動を行えるのである。
極論すれば、2週間おきにPCR検査できれば、陰性の人は自分がコロナに感染している可能性がほぼゼロになるのだ。そうすれば、安心して経済活動もできるし、旅行にも行けるだろう。では、2週間に1回の全国民に対する検査は可能だろうか。私は理論的には可能だと考えている。
やり方は、中国で行われている100人ほどの検体を混ぜて検査する方法である。PCRは100人程度の検体を混ぜても、十分に検出可能とされているので、とあるサンプルで陽性になったとすると、その100人のうちの誰かが感染していることになる。そうなればそのサンプルのグループ全員を新たにPCR検査すれば、ほぼ確実に感染者を探し出せるという訳だ。
これを利用すれば、大量の市民に対して一気に検査することができる。例えば、1万人の都市で全員にPCR検査をする場合、市民を1グループ100人に分け、それを100グループにすれば、100×100で1万人を検査することができるので、PCR検査の数としては100で済むのだ。あとは、陽性になったグループだけ再検査すれば良いので、ニューヨークのように市中感染率が10%を超えていたとしても、せいぜい延べ300件分で済む。これを人口約1憶2千万人の日本に応用すると、120万+12万件で、延べ132万件の検査体制があれば良いことになる。これを2週間で割ると、一日当たり約94,300件程度であり、現在の最大可能検査数の約3倍と、十分現実性のある数字となる。
中国と日本では、国家体制も含めて全く異なるから実現不可能と言う方も多いだろうが、これは国家体制や思想など関係ない。しっかりと国民の信頼を得ることができれば、十分実現可能なはずだ。個人情報管理、政府の電子化など、様々な問題があることも事実だが、それを理由にやらないのであれば、この国は永遠に発展しないだろう。

PCR検査体制の抜本的改革を

新型コロナの感染が広がりだした3月頃、発熱してもどこへ電話をかければよいかわからず、多くの方がたらい回しにされた。この根本原因は、感染が疑われる患者の取り扱いについて、非常に複雑なフローになっていたからだ。しかも、それが自治体によっても異なるなど複雑怪奇で理解できない状態だった。
更に混乱させたのが、PCR検査を行うガイドラインである。先の加藤厚労大臣の目安と基準発言の37.5度4日間だけでも混乱させたが、この当時のガイドラインを守ると、血中酸素濃度の項目など含め、殆どの感染者が受信できないぐらい厳しい内容だった。明らかに、保健所ベースのキャパシティを想定して作られたガイドラインであり、非人道的とも呼べる物だった。現在は緩和されているが、それは、あくまでピークが過ぎてPCR検査に余裕があるからだ。現時点では、ガイドラインが変更された程度で、抜本的な対策は全く打たれておらず、第2波が来れば途端に大混乱になるのは目に見えている。
そこで重要になってくるのが、情報の一本化と管理体制である。先ずは、全国統一したコールセンターを作ることだ。フリーダイヤルで全国一律の番号になれば、自治体毎に異なる発熱外来の番号をいちいち調べる必要がなくなる。ここでまず、単なる質問の電話など、緊急性の低い内容と切り分けて、一次的なふるいにかける。次に、電話での簡単な問診を行い、発症が疑われる場合は、全国に設置したPCRセンター(及び提携の医療施設)と連携し、予約番号などをコールセンターから発番。これで、PCRセンターや保健所など現場側の混乱を防ぎつつ、予約番号を利用した追跡調査を可能にする。あとは、PCRセンターに行って検査を受け、陽性なら病院や隔離施設へ、陰性なら経過観察とすれば良い。判りやすく、電話ベースのコールセンターで説明したが、当然WEBベースで申し込みフォームなどで完了するようにする方がベターだ。そんな全国のPCRセンターと連携できるシステムなんて作れないと思う人がいるかもしれないが、そんな人でも、楽天トラベルなどのOTA(オンライントラベルエージェント)を使ったことがあるだろう。要はあれと同じシステムだ。
ここで、もう一つポイントがある。予約番号のような物で追跡可能なようにと書いたが、これが重要なポイントだ。現在のPCR検査では、検査数と陽性者数がリンクしていない。厚労省には毎日検査数と陽性者数は上がってくるが(しかも各都道府県や保健所からFAXで上がってきている)、陽性者は何日前の検査で陽性になった感染者なのか分からないのだ。つまり、単純に陽性者数を検査数で割っても正確な値は出ないのだ。これは、今後詳細な疫学調査を行っていくにあたっても不都合なため、予約番号のようなもので管理すべきだ。
あとは、感染が確定してからの治療に関しても、本来であれば電子カルテ化して、政府で一元管理すれば、更に追跡調査が簡単になるのだが、おそらくこれには相当時間がかかるだろう。ちなみに、海外ではエストニアなどのヨーロッパ諸国では既に実現していることなのだが。
さて、PCRセンターと書いたが、これは、既に大阪府や新宿区などでも各自治体毎に設置されつつある。こういった、新規にセンターを整備することの最大の意義は、最初からしっかりとした感染症対策を行えるということだ。一番問題となるのは、院内感染であり、PCR受診に来た人の間で感染してしまうことである。PCRはあくまで疑いありとして受診するのであるから、未感染者も多く来ることが想定される。そこで院内感染が発生してしまうと、未感染だったにも係わらずPCR検査に来たがために感染してしまったなどという、本末転倒なことが起こりかねない。そのため、こういった院内感染が起こらないように、しっかりとした対策を打っておかねばならない。
新規に感染症専門のPCRセンターを作ることが理想だが、これには時間がかかる。だから次の手としては、いくつかの病院を新型コロナ専門病院にしてしまうのだ。現に、大阪市は、大阪市立十三市民病院と阪和第二病院をコロナ専門病院に充てている。こういったやり方で、感染者をうまく隔離し、院内感染を防ぐ必要がある。また、当然、軽症者や無症状者を隔離するための施設も必要になるが、これは当面、ビジネスホテル等を借り上げる方法しかないだろう。しかし、第2波で大量の感染者が出れば、この程度では一瞬にして埋まってしまうだろう。そうなれば、中国のやったような病院を突貫工事で作ることが必要となるが、そんなことは日本ではできないだろうから、震災の避難所と同様、ホールや体育館のような大型施設を隔離施設に充てることになる。ここで重要なのが、QOLだ。
日本の避難所は、難民キャンプより酷い環境だと言われており、我慢を強いることが当たり前になっているが、世界にはスフィア基準というものがある。これは、避難民が安全・安心して避難生活を過ごせるようにと作られた国際基準で、一人当たりの面積やトイレの数などが細かく決められている。元々、日本の避難所は、大雨・洪水警報などの時に一時的に非難するための施設という意味合いが濃い。しかし、近年の線状降水帯や台風による大洪水に見られるように災害規模が大きくなっており、避難生活も長期化する傾向にある。だから、この際、プライバシーの守れる屋内テントや、ベッドなどを整備することで、災害の長期化と新型コロナの隔離施設という両方をにらんだ対策が打てるのではと考えている。
PCRセンターや隔離施設を充実しても、課題は残る。風邪やインフルエンザだと思って、かかりつけ医などを受信してしまうケースだ。おそらく、今年の冬に一番問題になるのはここだろうと思う。これに対しては、完璧な施策は困難だが、先ずは、かかりつけ医でも、インフルエンザ同様の抗原検査ができれば、ある程度役立つはずだ。抗原検査は、精度面ではPCRに劣るが、陽性であればその場で新型コロナ感染者であることが確定する訳だから、よく分からない状態で自宅療養するよりはましだ。それに、陰性でも追加でPCRを行い、後日陽性が発見されればキャッチアップ可能となるので、市中感染を防ぐことにつながる。あとは、院内感染だが、これはもう発熱患者とそれ以外で待合室を分けるぐらいしか手が無いように思う。尤も、そんなことができる町医者は極めて少ないだろうから、現実的ではないかもしれない。但し、患者を分けられなかったとしても、受診者から新型コロナが発生したら、その時に来診していた人を追跡調査するぐらいはするべきだろう。
以上、厚労省が真っ先にやらなければならないのは、コールセンターの設置と、全国のPCR検査可能施設との連携システムの構築だ。PCRセンターや隔離施設は、地域の特性によるから自治体が対処する方が良い。勿論予算は国が付けるべきだ。

遅々として進まない検査体制

さて、徹底的に調査し、感染者を見つけることが重要なことはお分かりいただいたかと思うが、日本は未だに政府主導のPCR検査体制が確立していない。やっていることと言えば、西村大臣の「皆が努力をしないと、このウイルスには勝てません」という馬鹿げたメッセージだけである。散々書いた通り、ソーシャルディスタンスを守っていたら、まともな経済活動などできないし、コロナ差別を生むだけだ。
結局、政府が動かないため、各自治体が独自で検査体制を強化しているのが実情で、黒岩神奈川県知事がSmartAmp法による検査キットを神奈川県下の全病院に無償配布することを決定したというのは記憶に新しい(※12)。
但し、各自治体でできることは、換言すればこの程度で、先に述べたような大規模なPCR検査を行って感染者を隔離すると言うのは、法律上不可能であり、ましてや、移動の制限など不可能に近い。だからこそ、国が法律を作って、ある程度の隔離政策を伴う大規模なPCR検査体制を築かなければならないのだが、これについては人権問題と捉えているのか一向に進まない。勿論、徹底的な隔離政策は、ハンセン病のような誤解と差別を生む可能性もあるが、そんなことを言っていては、感染予防と経済の両輪など回る訳がない。(それを見越して、あえてPCR対策を行わないという政治家がいたとすれば、それはそれで物凄い先見の明かも知れないが。)
私は、社会主義者でもアナーキストでも無いが、社会に属する者としての責任と義務は理解しているし、納税者としては政治や行政が社会を正しく運用することを求めているに過ぎない。だからこそ、しっかりとした感染状態の管理を行い、感染者には一定の制限を設け、隔離と管理の徹底により、感染症を逓減させていかなければならないと考えている。
また、迅速な検査だけでなく、その実態管理も重要な課題となる。10万円の定額給付金の申請にあたって、マイナンバーカードで全国に混乱を招いた総務省の体たらくは言うまでもないが、電子申請の内容の突合作業を各自治体職員に手作業でやらせ、遅いと批判されれば、土日出勤してでもやれとブラック企業真っ青なことを言う高市総務大臣などに任せていては、検査結果の管理など夢のまた夢と言わざるを得ない。これに対して政府が打ち出した対策が、またもやマイナポイントなるバカなバラマキ頼りの政策である。そんな金があるなら、一刻も早くまとに使えるシステムに変えるべきだ。まあ、この国は、パソコンも使えない桜田義孝議員がサイバーセキュリティ担当大臣になるのだから、無理もないが。

なぜPCR検査が増えないのか

なぜPCRが増えないのか。理由はハッキリしている。厚労省が省益に拘っているからだ。4月に急激に感染者が増え始めた時、PCRが増えない最大の理由として挙げられたのは、保健所のキャパシティ問題だ。新型インフル特措法でも定められている通り、発熱外来を通じて検査を行うのは保健所の役割とされている。ところが、新型コロナは急激に市中感染が広まったため、一般病院に感染を疑われる人が殺到、保健所もパンクしたため、各都道府県の権限下において、協力病院を募り、検査・診療にあたったのだ。だから、PCRを増やすなら、本来管轄すべき保健所の予算を増やしてPCRの検査体制を拡充せよという訳だ。保健所の予算が増えるということは、つまりは厚労省予算が増えるということで省益に繋がる訳で、今頃厚労省の役人は、保健所増加とPCR検査拡充の予算書を必死に作っていることだろう。間違いなく秋の臨時国会に出てくると私は思っている。
厚労省が、省益に拘っている証左がある。
厚生労働省が発表している「国内における新型コロナウイルスに係るPCR検査の実施状況」(※13)を確認すると、毎週のPCR検査実施数が掲載されている。ここで、保険適用となった3/6以降の合計数を抜き出したて掲載する。

【新型コロナのPCR検査数 3/6~7/8】
国立感染症研究所:8,500
検疫所:78,176
地方衛生研究所・保健所:273,777
民間検査会社:266,274
大学等:76,219
医療機関:44,618

地方衛生研究所・保健所が1番で、僅差で民間検査会社となっている。検疫所は、主に入国管理による検査だ。医療機関が少ないように見えるが、一般的には医療機関は検体採取のみで、検査自体は民間検査会社に出しているためである。

更に、キャパシティを抜き出したものが下記である。

国立感染症研究所:800
検疫所:2,300
地方衛生研究所・保健所:6,987
民間検査会社:15,748
大学等:2,854
医療機関:2,964

民間が、保健所の約2倍のキャパシティがあることが判る。2倍のキャパシティがあるにも拘らず、極力保健所で囲い込み、結局パンクしたわけだ。
更にここで注目してほしいのが、大学等の部分だ。大学等というのが具体的に何を指しているのか厚労省のWEBサイトには記載がないのであくまで私の想像ではあるが、これは新型コロナに協力した一部の大学病院のことだと思う。何故ならば、2,854というのは余りにも少なすぎるからだ。
山中伸弥教授が5月頃に、研究所には新型コロナのPCR検査をできる機器が30台くらいあり、最大10万件ぐらいの検査を行える可能性があるから協力させてほしいと訴えていた。仮に、iPS細胞研究所だけでも10万件のキャパがあるならば、厚労省が協力を依頼していれば大学等の数字は飛躍的に上昇したはずである。ところが、そうはならなかった。なぜか?
答えは単純。大学は文科省管轄であり、省の壁を越えて協力の要請など、縦割り役人には不可能だからだ。だから、検体の運搬に問題があるとか、大学機関での検体取り扱いには特別な審査が必要で、更には専門的な技術を持った検査技師でないとできないなどの、言い訳を並べた訳だ。
私が、この言い訳の中で一番腹が立ったのは、専門的な技術が必要という点である。PCRの原理をざっくり説明すると、検体からウィルスのDNA(SARS-CoV-2はRNAのためDNAに転写する必要あり)を取り出して培養し、検体内にウィルスがいるかどうか確認するのである。具体的な手順としては、検体をケース(プラ製の小さな試験管のようなもの)から取り出し、薬品を入れて一定温度で撹拌、その後、温度を変えながらDNAを培養し、電気泳動で該当DNAを検出する。
これ、農学部や理学部の大学生なら実験実習でやるよ?
農学部や理学部などで、DNA抽出をやったことがある学生であれば、基本的知識と技能は身に着けているはずである。ハッキリ言って、そこまで難しい作業では無い。
勿論、これを手作業でやっていれば、1日がかりで大変なのだが、それを自動化しているのが現在のPCR検査機器だ。そうなれば、検体をケースから取り出して、検査容器に入れて試薬をセットすれば、あとは勝手に機械がやってくれるのである。このレベルであれば、ピペットとクリーンベンチさえ使えれば、誰でもできるのだ。大学を卒業してから20年以上経つが、これぐらいなら私でもやれる。
勿論、取り扱う検体が病原体であるため、バイオハザードの管理が必要であることは確かだし、運搬・廃棄にも慎重になる必要はある。しかし、そんなことを言い出したら、民間検査機関はどうなるのだ。少なくとも運搬など、バイオハザードの基準に合格したケースに入れておけば、運ぶのは宅配業者と変わらない。大学施設だって、クリーンベンチのある研究室なら、吸排気については問題なく処理されているだろうし、作業者への感染リスクだって、通常の研究でも異物混入を避けるために細心の注意を払うのが常識であるから、まず問題にならない。あとは検体の廃棄問題ぐらいである。私には、どう考えても厚労省が自分の系列でない大学に依頼したくないからとしか思えない。
やりたくない時、人はその理由を探すものだ。そして、素人が判らないであろうと技術的な問題があると言い、あとはリスクがあると不安を煽って断るのである。
しかし、現在のPCR検査の増加は、既に民間の検査会社に大幅に頼っているのが実情だ。東京都の例を見てみよう。

出典:東京都

これは、東京都の1日当たりのPCR検査数の推移だ。濃い緑色が都の健康安全研究センターでの実施数、薄い緑が医療機関等での実施数である。ちなみに、毎週ガクンと検査数が落ちているのは日曜日だからだ。民間の調査会社が休みだというのが理由だそうだが、本当かどうか私は疑っている。PCR検査がボトルネックなのか、それとも検体採取が行われていないのか、あるいは別の理由か。「全てを疑え」とはノーベル医学賞の本庶佑先生の言葉である。
話を戻そう。健康安全研究センターの実数は、4月23日の630件をピークに、6月以降は多くても200~300件程度で推移している。直近の7月10日であれば、医療機関の3,588件に対し、都の検査数は208件に過ぎない。都の健康安全研究センターのキャパシティが実際どれぐらいかは不明だが、ピークの630件をベースに考えると、民間で既に6倍近い数をこなせるようになっているのである。今更、厚労省管轄の保健所での件数を増やすぐらいなら、民間を含む医療機関でスムーズに行うほうが現実的なはずであるが、省益優先の厚労省はそうは考えていないのだろう。

厚労省のWEBサイトから判るゴマカシと忖度

厚労省のWEBサイトを見ていて気が付いたことがある。
はっきり言って、厚労省のWEBサイトは、情報が全く整理されておらず、非常に見難い。別に、厚労省に限ったことではないが、まるで市民に重要な内容を知られたくないがために、わざと複雑怪奇にしているとしか思えない。
批判の声が多かったためか、厚労省の新型コロナに関する特設サイト上には、PCR検査陽性者数と検査実施人数のグラフを掲載するようになったが、死亡者数、感染経路不明者数などの最新情報が判らず、結局はWHOや日経新聞社のWEBサイトなどを確認せざる得なくなるのだ。
そんな些細なこと、政府も別に隠す気は無くて忙しくて手が回っていないなどと言う呑気な方も、「新型コロナウイルス感染症診療の手引き」を見れば卒倒するだろう。

この手引きは、医療従事者向けに厚労省が編纂して発行している物で、中にはコロナ患者を見つけた時の発症届のフォーマットなども記載されている重要な書類である。その中で、致死率に言及したページがあるのだが(P7)、ここでは2020年4月17日時点での致死率が1.6%と記載されているのだ。


私は、別にこの値がデタラメだというつもりは無い。問題は、7月9日現在では致死率4.8%であり、最新情報との乖離が激しいのだ。奥付を確認すると、発行日が5月18日となっており、「本手引きは2020年5月14日現在の情報を基に作成しました」とある。5月14日の情報を基にしているにも係わらず、致死率については4月17日時点と1カ月近く古いものを採用しているのだ。
ここまで説明して、統計データが4月17日時点の物しかなかったのだろうという人は少ないと思うが、そんな方でも次のグラフを見れば、厚労省の悪意を感じざるを得ないだろう。


このグラフは、日本の新型コロナの累計死亡者数を表している。4月17日を境に、急激に死亡者数が増えているのが判るだろう。この手引きの初版は3月17日で、現在公開中の第2版が5月18日なのである。だから、死亡率を算定しているページは間違いなく第2版で改定されているのだが、なぜか改定直近の5月のデータではなく、死亡者数が増加する前の4月17日時点のデータが用いられている。これは、明らかに致死率を少しでも低く見せかけたい厚労省の仕業である。
ちなみに、5月14日時点での致死率を同じく厚労省のオープンデータから計算すると、4.4%である。これは、同日時点での死亡者数をPCR陽性者数で割っただけなので正確ではないが、大きく外れる値ではない。発行時点で致死率が4%台だということは判っていたはずなのに、但し書きも付けずに発行1ヶ月近く前の1.6%という値を入れているというのは、陰謀と言われても仕方が無いだろう。
もし、本当に最新データがその時点で間に合わなかったのであれば、死亡者数のピークが過ぎて2ヶ月以上経つのだから、早急に改定すべきである。言い訳はいくらでもあるだろうが、致死率という重要な項目について、意図的に低い数値を採用したとしか思えないこの状況は、一体誰に忖度しているのかと言いたい。ましてや、この冊子は、医療従事者向けに発行されているのだ。
尚、このデータは、6月17日に発行された2.1版でも同じ状態のままである。致死率という極めて重要なデータについて、こんなゴマカシを平気で行う厚労省は、本気で感染者と医療従事者のことを考えているとはとうてい思えない。

ちなみに、厚労省は、「新型コロナウイルス感染症の現在の状況と厚生労働省の対応について」という報道発表を毎日行っている。ここには、累計の死亡者数は掲載されているが、致死率は掲載されていない。勿論、致死率を正確に出すためには厳密な調査と計算が必要なのだろうが、PCR陽性者数や入院患者数は暫定値として出しているのだから、致死率も暫定で出せないはずがない。
結局、致死率を速報で出して、下手にその数値が上がってしまうと猛烈な批判に晒され、加藤厚労大臣や西村無能コロナ対策担当大臣が答弁に困ると考えた厚労省の役人が忖度しているのであろう。

無謀と省益優先のGoToキャンペーン

そもそも論として、GoToトラベルキャンペーンは、最低の愚策だと私は考えている。だいたい、日本人は政府がこの手のクーポンや割引キャンペーンをすることに慣れてしまっている気がする。しかし、この手の事業は、所謂バラマキであり、既に給付金事業で国会でも問題になったように、莫大な経費がかかる。こんなことをするのは、日本ぐらいで、本来、政府がやるべきことは、消費税などの減額や、規制緩和などによる経済対策が正攻法であり、割引キャンペーンなど邪道もいいところだ。現に、イギリスは、消費税20%を5%に軽減して、経済対策を行っている。もしも、旅行業を補填したいのであれば、市民が旅行に行けるような対策を打つべきだ。緊急事態宣言が終了してからも旅行業が復活しないのは、インバウンド問題もあるが、多くの市民がまだコロナ禍が終わっていないと考えいているからで、つまりは感染の心配をしながら旅行に行きたいとは思わないからだ。政府がやるべきは、このような市民のマインドを解消することこそが重要で、つまりは大規模なPCR検査によって、安全・安心を取り戻すことである。

政府は、「GoToトラベルキャンペーン」を、7月22日から行うと正式に発表した(7月10日に赤羽国土交通大臣が発表)。これを受けて、小池都知事は、「冷房と暖房の両方をかけるよう」だと反論した。当然である。感染が拡大しつつあるこの時期に、自粛を促すのであれば判るが、旅行に行きましょうと言うのである。4月に行っていたことと真逆ではないか。
読売新聞社が7月3~5日に実施した全国世論調査では、この夏の旅行について聞くと、「都道府県をまたいで旅行する」が12%、都道府県をまたがず「近場へ旅行する」が15%で、「旅行は控える」が67%に上った。これが、市民の偽らざる本心だろう。このコロナ禍はまだ終わっていないどころか、第2波の兆しを見せている。その上、マスクを着けてソーシャルディスタンスを守りながらの旅行など、心底楽しめるはずが無い。ましてや、東京都だけでなく大阪府でも感染者の増加傾向がみられる現在、これらの都市部から旅行しても、地方住民から嫌がられるのは目に見えている。旅行者を受け入れる側の、旅館や商業施設の方も、観光客を歓迎したい気持ちはあっても、感染リスクにおびえながら対応するのは辛いはずだ。

GoToトラベルキャンペーンにいち早く反応したのが、青森県むつ市の宮下宗一郎市長である。宮下市長は、22日に始まるキャンペーンについて「感染が拡大している局面でやること自体、愚かだ」と批判。感染者が急増している首都圏から観光客が訪れる可能性に懸念を示し、市内の観光関連施設の閉鎖を検討しているとのことだ(この中には、私が行こうと検討していたキャンプ場も含まれている!)。
あたりまえである。誰がどう考えても、現状で旅行してくださいと言うのは、東京から地方に新型コロナをばらまきに行けと言っているようなもので、地方としては、たまったものではない。しかも、地方は東京などの大都市に比べて、医療面において圧倒的に脆弱だということは周知の事実だ。東京から持ち込まれて感染が広がれば、医療崩壊は免れず、死者が出ることを覚悟しなければならない。このように、GoToトラベルキャンペーンは、旅行者にとっても、地方にとっても不幸でしかなく、市民の疑心暗鬼を助長するだけだ。しかも、これが原因で感染が地方に広がり、医療崩壊が起きたら、宮下市長が言うまでもなく安倍政権による人災である。

では、何故そこまでしてこのキャンペーンをやるのか。もうこれは、既に決まったことだから、だとしか言いようが無い。日本の特に官僚は、一旦決まった施策を変更したがらない。変更するということは、自分の間違いを認めることであり、減点主義の官僚組織では、それがマイナスになるからだ。書き出すとキリがないから止めておくが、これは、太平洋戦争のガダルカナル島での戦いに負けた時、撤退のことを転進と発表した大本営発表と根っこは同じだ。もう、ここまでくると、ガ島では2万人近くの死者を出したが、今回のキャンペーンでそうならないことを祈るばかりだ。

さて、GoToキャンペーンはこのトラブルキャンペーンだけではない。GoToキャンペーンは、「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」として2020年度補正予算案を閣議決定した16兆8057億円のうち、旅行・飲食・イベントなどの需要喚起を目的とした事業費として1兆6794億円が充てられた国の事業だ。
GoToキャンペーンは、国土交通省(観光庁)所管の「GoToトラベルキャンペーン」、農林水産省が所管する「GoToイートキャンペーン」、経済産業省所管の「GoToイベントキャンペーン」及び「GoTo商店街キャンペーン」で構成される。かつて、給付金を検討していた時、自民党案にあった「お米券」「お肉券」を覚えている人もいると思うが、形を変えたのが「GoToイート」や「GoTo商店街」ではないかと私は考えている。
いずれにせよ、自民党お得意の典型的なバラマキ事業であることだけは確かだ。こんなことをするぐらいなら、その予算で旅行に行きたい人全員にPCR検査をするべきで、そうすれば、宮下市長の対応も変わってくるだろう。

東京都をスケープゴートにして強行されたGoToトラベルキャンペーン

GoToトラベルキャンペーンに反対している知事は、別に宮下むつ市長だけではない。吉村大阪府知事は、今この時期に全国に広げてやる時期ではないと言い、小池都知事も改めて良くお考えいただきたいと発言。多少の言い回しの違いはあるにせよ、基本的には反対の意見である。さらに全国的に見ても、吉村美栄子山形県知事など多数の知事が反対しているし、賛成に近い意を表明している知事でも、観光業の復活への期待はしつつも、感染リスクを恐れており、非常に苦しい境地が伺える。これを受けて、強行しようとしていた政府が、7月16日に若干の修正を加えた。キャンペーンの対象地域を「東京以外」にしたのだ。
我々は、この1.7兆円に及ぶキャンペーン予算が、私たちの血税から出ていることを忘れてはならない。この東京都をスケープゴートにしたやり方は、都民にだけ恩恵を与えないということであり、住居によって国家が住民を差別すると言う憲法の元での平等という基本理念にも悖る世紀の大悪法である。こんなことを言えば、東京都も安全が確認されればキャンペーンの対象にすると政府は言うだろうが、国が市民を差別したことに変わりは無い。
それに、事は東京都民だけでは無い。東京都に行くことも対象外とされたのだ。これは、東京都の観光業の方は死んでくださいと言っているようなもので、浅草を始めとする都内の観光地や、はとバスなどの観光業社は悲鳴を上げている。こんな、地域で人を分断するようなやり方が、近代国家のやることかと言いたい。

各首長や医療・感染症の専門家から上がった「今やるべきではない」という声は、最大の震源地である東京都をスケープゴートにすることで、政府として一定の対策を打ったつもりなのだろう。だが、これによって多くの反対意見が躱されたかというと、そうではない。多くのマスコミでも出ている通り、なぜ東京だけなのか、首都圏全体ではないのか、大阪や関西は大丈夫なのかと異論続出である。当然である。ウィルスは都道府県などと言う行政単位は考慮してくれないのであり、人の動きがある限り拡散していくのだ。別に東京都だけが増えているわけでは無く、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫などで感染者が増加傾向にあるのは間違いなく、確実に新型コロナは増殖しているのだ。

この、東京都をスケープゴートにしたのには、もう一つ理由がある。7月16日の参院予算委員会で、児玉東大名誉教授が参考人として発言し、新宿区に新型コロナウイルスのエピセンター(感染集積地)が形成されつつあると指摘したからだ。流石の政府も、ここまで危険性を指摘されたら、全く対策を打たない訳にはいかなくなったのだ。
私は、一部始終を動画で見たが(※14)、国の総力を挙げて対応しないとミラノ、ニューヨークの二の舞になると、最後は涙ながらに訴える先生の言葉に、思わず胸が熱くなった。

ゲノム疫学的に見ると、第1波(主に1~2月の北海道)は武漢型、第2波(3~5月の全国に広がったもの)はイタリア・アメリカ型、それが現在は東京・埼玉型になってきていると先生は言う。武漢型やイタリア・アメリカ型は外部からやってきたウィルスで、言わば手当たり次第に感染しやすい人に感染していったが、東京・埼玉型は日本人にターゲットを絞って感染しようとしているのだ。これによって、ウィルスが持続的に増加していき、次々と感染者を増やしていく、これがエピセンターということである。
とどのつまり、エピセンターとは、無症状者を含めた多くの感染者が、一定の地域に大量に出現することで、感染が爆発的に広がっていく元になるということで、それが東京・埼玉で起こりつつあるというのだ。しかも、それがより日本人にターゲットを絞り、無症状者のような発見が困難な状態で広がる性質になっているとすれば、事の重大さは小学生でも判るはずだ。
しかし、この児玉教授の発言を受けた杉尾議員(立憲民主党)の「西村大臣、責任者ですよね?今の言葉どう聞かれました?」という質問に対し、いかにも大臣らしい言葉で返すのである。

疫学的なことに様々な議論があることも承知しているし、色んな提案をいただいております。
-中略-
いくつかの共通の認識を持っております。
それは、新宿区が感染拡大の源になっていること、
そして、その中に所謂バー・クラブなどの接待を伴う飲食業において感染が広がっていること、
これを、エピセンターと呼ぶかクラスターと呼ぶかは別として、
PCR検査をまさに無症状の方まで含めて積極的に拡充していくこと、
この方針で、新宿区・東京都と連携して取り組んでいるところです。

皆さんは、この言葉から、事の重大さの受け止め、自分の認識の甘さ、気を引き締めて対策をやろうと言う意気込み、そのいずれかでも感じることができるだろうか。ましてや「エピセンターと呼ぶかクラスターと呼ぶかは別として」などという誤魔化しを、この期に及んで言うのだから呆れる。
一応、補足しておくと、クラスターとエピセンターは全く次元が異なるのだ。クラスターは、1人(あるいは複数人)の感染者が、特定施設において接触した濃厚接触者のうちの何人かに感染させるというレベルである。だが、エピセンターは、ある一定の地域に既に感染が広がった状態で、しかもその地域の住民の特性に合わせてより感染が広がりやすいように巧妙に変化しているのである。火事に例えれば、バー1件が燃えているのがクラスターで、街ごと燃えているのがエピセンターなのだ。東京・埼玉はもう、街ごと燃えだしているのだから、既に消すにも消せないかもしれず、だからこそ、児玉教授は、「今日の勢いでいったら目を覆うようなことになる」と仰っているのだ。

さて、ではGoToトラベルキャンペーンの実施の判断に当たっては「専門家に諮る」と散々言われた分科会は機能したのか。答えは、「NO」である。最初から答えは見えていたのだが、尾身会長の説明によれば、「新しい生活様式に基づく旅のあり方を国民に周知する契機にしていただきたい」「そのためには、多数の感染者が発生している東京都を除外した」と言うのだ。また、記者からの質問で、「東京都という括りではなく、新宿から半径50キロ、通勤圏などもう少し合理的・科学的な提言をすべきでは」という質問に対し、「今回の感染は、夜の飲食店から広がっており、ドライビングフォースは東京を中心としているので、線引きをするために東京としたことは合理的」だと語っている。はっきり言って質問の答えになっていない。
感染が拡大している現状についても、指数関数的な増加では無く、平坦から微増の間だと言っている。もう、尾身氏は政府への忖度に終始し、まともな提案などできないのだ。
尚、記者からの、「分科会で東京都を外すことを決めるのであれば、東京都の代表者が分科会に出席していないのは欠席裁判ではないか」という問いについては、「平井知事(鳥取県)も知事を代表されてメンバーに入っているので問題ない」と西村大臣が回答しており、最早、分科会はいいように使われている状態だ。
詳細は、「GoToは「東京対象外」 コロナ分科会後に西村担当相と尾身会長が会見」という動画がYouTubeに上がっているので、怒りを抑えることができる方はご覧いただきたい(※15)。

結局、児玉教授の訴求も空しく、東京都をスケープゴートにして、GoToトラベルキャンペーンは、予定通り開始されることとなってしまった。

第2波による緊急事態宣言の可能性

西村大臣の「もう誰も、ああいう緊急事態宣言とかやりたくないですよ。」という発言を聞くまでもなく、日本では緊急事態宣言による8割自粛などは今後不可能だろう。何故ならば、安倍政権の支持率が低下するからだ。ドイツ、アメリカ、イギリス、韓国など、主だった先進国においては、コロナ禍で支持率が上昇したが、日本では真逆で、5月時点の世論調査では、安倍内閣の支持率は38.1%、不支持率は61.3%に上った。新型コロナウイルス感染症をめぐる政府の取り組みに関しては「評価しない」が60.0%を占め、「評価する」の37.4%を大きく上回った(※16)。
西村大臣の発言は、この結果を受けたものであることは確実だ。安倍政権に忖度する政府・官僚は下より、安倍以外の御旗の印を持たない自民党議員も、たとえ第2波が来て国民がバタバタと倒れたとしても、ただ茫然と見ていることしかできないに違いない。
支持率を下げた理由は、既に述べてきたように、全てが後手に回り、論理性のかけらもない施策しか打たず、責任を専門家会議に押し付けるという目を覆いたくなる惨状を市民が見せつけられたからである。そこへ持ってきて、星野源の「うちで踊ろう」に安倍首相が便乗した動画だ。あの動画を見て、多くの人が神経を逆なでされたであろう。こんな空気の読めない人物が首相でよいのかと。1人あたり一律10万円のバラマキを行っても支持率を下げたのだから、市民の目が曇っていない証拠だろう。だから、支持率急落は一概に緊急事態宣言だけのせいでは無いのだが、再度宣言するにあたっての具体的対策は、今後も出てこないだろうから、結果としてこれ以上支持率を下げるような宣言はできないのである。
では、どうなるかというと、政府は結局全てを知事任せにしてしまうつもりだ。東京で新規感染が拡大しているにも係わらず、菅官房長官は7月11日、北海道千歳市内での講演で「この問題は圧倒的に東京問題と言っても過言ではないほど東京中心の問題」と発言した。つまりは、新型コロナの感染拡大を防止するのは、自治体の仕事で、政府の役割では無いという訳だ。確かに、休業要請などを実態として行うのは自治体だが、それに従わない店舗名の公表などは緊急事態宣言が出ないと法律上はできない。しかし、緊急事態宣言など出ないのだから、あとはお願いベースで休業要請するなり、自治体の裁量でやれというのである。流石の小池都知事もキレて、先の冷房と暖房の発言に繋がるのだが、首都東京ですらこのありさまなのだ。政府のダメっぷりもここに極まれりと言わざるを得ない。

オリンピック・パラリンピック東京2020は開催可能か

結論から言えば、このままでは絶対に不可能である。全世界的に見れば、未だに毎日20万人以上の新規感染者を出しており、収束の兆しは見えない。日本国内においても、この体たらくである。こんな状態で、三密を避けられない東京2020の開催は不可能だろう。
そもそも、大会期間中の観客数は、延べ約1000万人、1日当たり最大約100万人と予測されており、そのうち海外から来日する観客は1~2割を想定していた。数百万人の外国人を安全に入国させることは、現在の体制では不可能であり、1年後でもおそらくこれは変わらないだろう。政府は、羽田、成田、関西国際空港の3空港にPCRセンターを設置し、更に東京と大阪にも入出国用のPCRセンターを設置するとしているが、それでも1日4,000件程度と、お話にならない数字だ。
先に挙げた、100人の検体を混ぜて検査するとしても、入出国の時間的制約もあるため、高速で精度の高い検査が求められる。神奈川県で導入されているSmartAmp法でも、1時間程度はかかるので、もっと早い検査法が必要になるだろう。でないと、空港は検査待ちの行列で溢れかえってしまう。仮に、完全無観客で行うのであれば、選手関係者だけで済むので、人数はかなり絞られるが、それでも現在の体制では難しいだろう。
ちなみに、世界的な動きとしては、入国時にコロナ感染有無をアプリで提示できるような世界共通証明書を発行しようという動きが出てきている。入国時に求められる証明書や措置などは国によって異なり、煩雑なため、世界共通の証明書ができれば、渡航者は出入国時のPCR検査や14日間の自主隔離が免除される可能性もあるらしい。この構想は、米ロックフェラー財団が資金を提供し、スイスに非営利組織を設立。運営は、「世界経済フォーラム」と連携する。既に、欧米やアジア、アフリカ、中東、南米など約30カ国が参加しており、8月には一部の国で運用が始まる見込みだという。しかし、マイナンバーカードすら今回とん挫した日本では、この動きに参加できるのか、甚だ心もとない。なぜなら、証明書の信ぴょう性を担保するのは、各国政府であり、厳格な管理が為されていることを前提としなければならず、これに対応するならば、日本は新たにシステムを組み上げなければならないからだ。
日本政府が、本気で来年のオリンピック開催を目指すのであれば、抜本的な改革が必要不可欠だろう。

最後に

村上龍の小説に「オールドテロリスト」という作品がある。旧満州軍に繋がる老人たちが、日本はもう一度戦後の焼け野原からやり直した方が良いと考え、テロ事件を起こすと言う小説だが、私はこれに共感を覚える。村上龍がどう思っているかは分からないが、日本の現状に絶望しているのではと勝手に思っている。敗戦によって、それまでの日本は完全に否定され、その中から新しい価値観の元に現代日本を作り上げてきたはずなのに、行き着いた先が、戦前と変わらない偏狭なイデオロギーと内向的な社会であり、方向性が変わっただけでやっていることは変わっていない。村上龍は、その現状に怒りを感じ、日本を破壊する実行者として、戦前生まれの老人に銃と88ミリ速射砲を持たせたのだろう。
今回のコロナ禍で、なぜ政府はこれほど無策なのか、官僚はなぜここまで仕事をしないのか、日本を救う気概は無いのかと私は不思議に思っていた。しかし、おそらくは、これが日本人の民族的な限界なのだろう。
太平洋戦争当時、海軍の航空参謀に源田実という人物がいた。真珠湾攻撃の立役者の一人でもあり、開明的かつ論理的な人物であった。そんな人物でも、零戦に続く次期戦闘機の開発会議では、以下のような精神論を語っている。

大和魂で突貫しなくてはならない。どうも精神的な面もみんな緩んでいるようだ。ここはひとつそういう議論はやめて、うんと軽くていい飛行機を作ってもらって、我々は訓練を重ねて腕を磨き、この戦争を勝ち抜こうじゃないか。

詳細は、角川文庫から発売されいている「NHK取材班 電子兵器「カミカゼ」を制す」をご一読いただきたいが、開明的と言われる源田ですらこれである。これ以外にも例を挙げだすとキリがないのでやめるが、太平洋戦争当時の日本は、このような非論理的な思考と無謀な精神論が、帝国陸海軍はおろか、政治・行政・マスコミなどあらゆる社会の隅々まで浸透していた。それが、戦後の焼け野原となり、方向を180度転換して、今度は高度成長へと向かっていく。しかし、結局は上辺だけの開明化では、日本人の気質の変更までは促すことはできず、今再びコロナ禍という危機に対するにあたり、withコロナなどという無謀な精神論で戦おうとしているのだ。
やはり、日本は、新型コロナで焦土と化して、焼け野原からやり直した方が良いのではと私は思っている。



※1 厚生労働省 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の見解(クラスター対策)(3月2日)

※2 日本経済新聞社 チャートで見る世界の感染状況

※3 首相官邸 新型コロナウイルス感染症対策本部(第33回)

※4 NHK 独研究所所長「PCR検査は週110万件に態勢強化」新型コロナ

※5 Identifying airborne transmission as the dominant route for the spread of COVID-19

※6 厚生労働省 「換気の悪い密閉空間」を改善するための換気の方法

※7 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の見解(クラスター対策)(3月2日)

※8 厚生労働省 国内の発生状況など

※9 内閣官房 業種ごとの感染拡大予防ガイドライン

※10 総務省 労働力調査(基本集計) 2020年(令和2年)5月分結果

※11 新型コロナ患者対応の医療従事者 3割近くがうつ状態

※12 神奈川県 「検査の神奈川モデル」発進

※13 厚生労働省 国内における新型コロナウイルスに係るPCR検査の実施状況

※14 コロナ「東京型」エピセンター発生? 「来月は目覆うことに」 国会で専門家が危機感 総力での対策訴える

参院予算委 新型コロナ対策で閉会中審査(2020年7月16日) 全映像
児玉龍彦東大名誉教授 発言抜粋①
児玉龍彦東大名誉教授 発言抜粋②
児玉龍彦東大名誉教授 発言抜粋③

※15 GoToは「東京対象外」 コロナ分科会後に西村担当相と尾身会長が会見

※16 内閣支持38%、不支持61% 新型コロナ対応、6割「評価せず」―時事世論調査


【参考文献】
厚生労働省 新型コロナウイルス感染症について

厚生労働省 新型コロナウイルス感染症診療の手引き
2版
2.1版

厚生労働省 新型コロナウイルス感染症に関する報道発表資料

「3つの密」、誕生の背景とは? - 押谷・東北大教授(厚労省クラスター対策班)

山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信


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沼にハマると抜け出せなくなる性格の40代おっさん。関西出身で現在は東京都在住。嫁と小学生の娘の3人で年間30泊ほどキャンプに行って飲んだくれている。

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